現実世界に見られる規範や社会制度は、その多くが社会を維持するための機能を担っており、社会全体に対して利益をもたらしているように見える。19世紀から20世紀前半の社会理論では、機能主義的な観点から規範や社会制度の存在が議論されていた。だが社会規範や制度の中には、社会全体の効率を減少させるようなものもあり、たとえ機能的な規範・制度が数多く存在するようにみえるとしても、機能的な視点のみでその存在を理解することはできない。そのため機能主義的な社会理論は衰退していったが、21世紀に入ってから、個人の学習メカニズムというマイクロな視点から、社会全体の利益を増加させるような規範・制度の存在を説明できる理論的枠組みが誕生した。本年度は、この枠組みを実証するための実験を実施した。 文化的集団淘汰理論と呼ばれるこの枠組みによれば、人間が進化の過程で獲得した、成功者模倣バイアスと呼ばれる社会的学習によって、社会全体の利益を増加させる規範が、集団の境界を超えて世界全体へ広がっていくこと(およびその条件)が予測される。そこで複数の小集団がn人スタッグハントゲームをプレイしながら、集団から集団へと参加者の移住が発生する実験状況を設定した。さらに移住してきた成員が過去に得ていた利得と戦略の情報を操作することにより、社会全体の利益を増加させる戦略が、特定の条件においては、ポピュレーション全体へ急速に拡散することを確認した。学習の絵計算論モデルを用いた分析を通して、学習というマイクロなプロセスが、このマクロ現象を生み出す基盤となっていることを確認した。
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