研究課題/領域番号 |
17H02725
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
齊藤 結花 学習院大学, 理学部, 教授 (90373307)
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研究分担者 |
佐甲 徳栄 日本大学, 理工学部, 准教授 (60361565)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 近接場光学 / ラマン分光 / ゆらぎ / シングルパルス / 機械学習 / 脂質二重膜 |
研究実績の概要 |
(1)機械学習による表面増強ラマン分光(SERS)信号とノイズの分離 ゆらぎを伴った測定対象に対して分光測定を行うと、 得られたデータは多くの異なる分子あるいはその溶存状態を積算した結果、ブロードなスペクトルになる。このような時間的な積算の中には、ある状態の分子からの信号成分が全く含まれていない時刻もあるが、 瞬間的に強い強度で含まれている時刻もある。ここで信号強度の弱い瞬間を排除すればノイズを排除したシャープな測定が実現する。ノイズと信号を分離するために、機械学習を用いた。ノイズは時間的にランダムな応答をするために今回は教師データとしてノイズを用い、パラメータの挙動に関する情報を得た。実験データのベースライン補正プログラム等の作成も同時に行った。実験は、ナノ秒レーザーの532 nmレーザーシングルパルス時間(7ns)を露光時間として、銀薄膜上のクリスタルバイオレットを試料にラマン分光測定をEMCCDカメラで空間一点につき多数回(10000回以上)行った。 (2)脂質二重膜の顕微分光とz-偏光測定による評価:本研究で開発した手法を適用する実験系として、平滑な金基板上にDSPC脂質二重膜を配置した試料を作成した。真空蒸着装置を用いて530 ℃に加熱したマイカ基板に金薄膜を加熱蒸着し、その上にDSPCリポソーム溶液を展開した後、オーブンで乾燥させ脂質二重膜を作製した。展開したリポソームが基板上で脂質二重膜の単層になっていることを原子間力顕微鏡により確認した。この試料に水浸対物レンズとレーザー光(波長532 nm)を用いて、露光時間1 s×64点のSERS測定を行った。特殊偏光板によりXYとZ偏光を形成して、脂質の偏光特性を調べた。z偏光測定を用いると、試料中で配向に乱れのない領域を選択的に観測することが可能であるという興味深い結果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) 機械学習によるデータ選別:多くのデータから信号とノイズを選別するために、最初に試みた手法は強度を用いた選別法であった。さらにスペクトル同士のピークの強度相関などを考慮しながら実験をすすめてきたが、信号の強度が著しく低い場合には、うまく機能しないことが判明した。そこで現在機械学習によるデータの解析を導入しところ、現在良い感触を得ている。信号は個々のケースで個性があるがノイズは時間的にランダムな応答をするために、今回は教師データとしてノイズの学習をさせることを試み、パラメータの挙動に関する情報を得た。さらに、解析に必要な実験データのベースライン補正プログラム等の作成も行い、簡便にデータ処理を行うことのできる体制を確立しつつある。 (2) 脂質二重膜の試料作成と偏光測定:脂質二重膜で構成される細胞膜は生体内で情報交換するために重要な役割を果たす。しかし脂質二重膜を高感度で直接分析する方法はまだ開発されておらず、詳細な構造は未だ明らかにはなっていない。特に脂質膜の配向は、機能を解明するうえで不可欠な基礎データとなる。本年はSERS測定に偏光測定を組み合わせることで、基盤に垂直に長軸を向けて配向している脂質膜を、z偏光(基盤に垂直方向の光電場)ラマン分光で詳細に観測し、ユニークな偏光選択性の結果を得た。脂質二重膜に関しては、ラマン散乱光が微弱であったため測定に苦心したが、昨年新たに強度のつよい532 nmレーザーを導入し、圧倒的に測定時間が短縮されたために、今後多くのデータを取得できることが期待できる。 以上、本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
(1) DBSCANによるSERSスペクトルの分類:これまでスペクトル選別に機械学習を採用し、よりSNの高い積算SERSスペクトルを得ることに成功した。今後は高密度部分を見つけ出すアルゴリズムであるDBSCAN(密度に基づいたノイズあり空間クラスタリング)の適用を試みる。各スペクトル内の最大強度を持つ点のラマンシフトと強度を抽出した2次元データを作成し、これをDBSCANでパラメータを調整しつつ高密度領域を複数探索し、確認された高密度部分及びその上方(最大強度が最頻値より高い)のデータ点の集合について積算スペクトルを取得する。 (2)近接場光学顕微鏡によるバルクヘテロジャンクション(BHJ)太陽電池材料の評価:本研究で開発した手法を適用する実験系として、新たにBHJ実験系を用意する。P3HT/PCBM混合薄膜のラマンスペクトルを近接場光学顕微鏡によって取得する。P3HT1438 cm-1と1455 cm-1ピークの強度比は、試料の結晶状態(Icr)とアモルファス(Iam)状態をそれぞれ表しているので、スペクトルから試料の構造を予測することができる。非近接場光による顕微ラマン分光の~250 nmという空間分解能では混合物でしかない領域でも、近接場光学顕微鏡を用いれば結晶のドメインが存在している様子を捉えることができると予想される。本手法を適用することによって、近接場の揺らぎをおさえたシャープな測定が可能になると期待できる。
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