研究課題/領域番号 |
17H02739
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
倉田 博基 京都大学, 化学研究所, 教授 (50186491)
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研究分担者 |
治田 充貴 京都大学, 化学研究所, 助教 (00711574)
根本 隆 京都大学, 化学研究所, 助教 (20293946)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 電子エネルギー損失分光法 / 走査型透過電子顕微鏡 |
研究実績の概要 |
本研究では、モノクロメータ搭載の電子エネルギー損失分光法(EELS)と球面収差補正走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて、固体内界面の局所電子状態を高い空間分解能で行うことを目的としている。それを実現するためには、スペクトラムイメージ(SI)データを多数取得し、個々のSIデータ間の位置ずれを非剛直な方法で位置補正を行い積算する、マルチフレーム方式を用いる必要がある。 当該年度では、STEM-EELS法で計測されたSIデータから、結晶の単位胞レベルの空間サイズを切り出しそれをモチーフとし、多数のSIデータから数千から1万程度のモチーフを抽出・積算し、シグナル/ノイズ(S/N)比の高い、原子分解能のSIデータを得る新しい手法を開発した。この方法を、高温超伝導体であるLa2-xSrxCuO4に適用し、酸素K殻電子励起スペクトルの吸収端微細構造の解析に適用した。その結果、酸素の原子マップが原子分解能で得られたばかりでなく、吸収端微細構造に現れる酸素ホールに起因するピーク強度を用いた2次元ホールマッピングにも成功した。この酸化物には、銅原子の周りに六配位している酸素原子が存在するが、そのうち銅原子面内にある酸素サイトに主にホールがドープされていることが明瞭に可視化された。さらに、ドープ量が多くなり、オーバードープの条件になると、ホールは酸素八面体の頂点に位置する酸素サイトへもドープされていることが明らかになった。この成果は、物性と密接に関連する電子状態の空間分布を、透過電子顕微鏡を用いて原子分解能レベルで2次元的に初めて可視化できたものとして大きな意義がある。これは、マルチフレーム方式を適用することによりスペクトルデータのS/N比が劇的に改善されたことによる。当該手法が固体内の局所電子状態の解明に有用であることが実証できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題を推進するにあたってキーポイントとなる、STEM-EELS法で計測されたスペクトラムイメージデータをマルチフレーム方式により積算する新しい方法が、原子分解能レベルの状態分析に十分適用できることの実証実験が行えたことで、今後の研究展開へも順調につなげて行けるものと考えている。この実証実験を実施するにあたり、これまで使用していたスペクトル計測システムを、補助金により64ビット対応のシステムにバージョンアップし、巨大なSIデータの取り扱いが行えるようになった点も今後の展開に有効となった。 さらに、高温超伝導体への実験を行った際、酸素K殻の吸収端微細構造に現れる酸素ホールピークは、電子線の照射により極めて敏感で、通常の酸化物に対する計測よりも電子線量をかなり低減する必要があった。そのため、実験的な困難はあったものの、上述のマルチフレーム方式によるSIデータの積算が極めて有効であることも判明した。この点は、今後、界面の電子状態解析に同手法を適用する際にも大きなメリットとなると考えられ、金属酸化物と言えども、電子線照射によるダメージ、特に、電子状態のわずかな変化を伴うダメージには十分考慮する必要があることを認識できた点は重要であった。 当該年度の研究成果は論文にまとめ国際誌に投稿し、現在査読中である。
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今後の研究の推進方策 |
マルチフレーム方式を適用したスペクトラムイメージングによる高精度位置分解EELS法における、計測条件の最適化を検討する。具体的には、電子プローブサイズ、プローブ電流、エネルギー分解能、走査点の間隔、1点当たりの計測時間、エネルギー分散値、走査点の総数など多数ある計測パラメータを、界面観察に適したパラメータ設定を探索する。それらの検討を踏まえたうえで、マルチフレーム方式にモチーフ法を組み合わせた新規の手法を遷移金属酸化物界面の観察に適用し、高い空間分解能での局所電子状態解析を行う。 また、スペクトルの吸収端微細構造解析においては、酸素K殻電子励起スペクトルの第一原理電子構造計算を用いた解析を行う。特に、励起原子近傍の構造を保持したクラスターを切り出し、クラスター内における励起電子の多重散乱を計算することにより、微細構造のシミュレーションを行い、局所構造変化に敏感なスペクトルの特徴を明らかにする。 さらに、吸収端微細構造から結合の方向性を明らかにする新規の手法の検討も行う。これは、非弾性散乱電子のうち、特定方向に散乱された電子を検出することを考えており、固体内界面のように構造の対称性が低下した領域においては有意義な情報が得られるものと期待している。また、価電子励起スペクトルの領域からバンドギャップなどの光学的性質を得る解析の検討も開始し、特に、低エネルギー損失による非弾性散乱の空間分解能に関する考察を行う。
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