研究課題
電子と陽電子の束縛系であるポジトロニウム(Ps)のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)は、反物質に働く重力の精密測定や消滅ガンマ線レーザー発生に道を拓く興味深い系であるが、未だに実現されていない。本研究の目的は、Ps-BEC 実現で最大の障害となっている超高密度Psの生成技術を開発することである。具体的には、(a)超高輝度陽電子バンチを形成し、(b)Ps生成ターゲット部に入射し、超高密度Ps生成を目指す。本年度は、(a)(b)それぞれの要素技術開発で以下の進展があった。(a) 陽電子蓄積装置から得る陽電子バンチビームの高輝度化・高密度化法を検討した。蓄積装置から、陽電子1E8個から成るバンチビームを時間幅50nsで引き出すことを想定し、ビーム径方程式による軌道数値計算を行った結果、磁気レンズと再減速材から成る輝度増強装置2段と対物レンズ用超伝導ソレノイドコイル1段とを組み合わせることで、目標密度の陽電子バンチを形成できることが分った。(b) 超高密度Ps生成に適したPs生成・閉じ込めターゲットとして、微細加工を行った機能性シリカガラス・石英基板上に生成した多孔質シリカ薄膜の2材料を並行して開発した。前者では新規材料である可塑性SiO2/PVA重合体にシリコンモールドをプレスし、ナノインプリントによって微細穴加工した材料を作成した。適切な表面研磨法を確立する必要があった。一方後者は伝統的なゾル-ゲル法によって多孔質シリカを石英基板上に成膜した。両者ともにKEKのSPF(低速陽電子施設)においてビームテストを行った。一部データは現在も解析中であるが、高効率Ps生成・閉じ込めターゲットについて知見が蓄積された。
2: おおむね順調に進展している
電磁場解析や陽電子ビーム軌道計算による定量的検討を重ね、高密度ポジトロニウム生成スキームの概要を決定した。陽電子バンチビームの輝度増強装置は、空間電荷効果が問題にならない条件で開発できることを、軌道計算により示すことができた。輝度増強装置の具体的な仕様が求まったことで、設計指針を明確にすることができた。陽電子バンチビームを輝度増強装置を通してマイクロビーム化してPs生成材料に照射した際の試料チャージアップ効果については、次年度でモンテカルロ法計算を用いて評価する。超高密度Ps生成に適したPs生成・閉じ込めターゲットとして、①微細穴加工した新規機能性シリカガラス材料、②ゾル-ゲル法により石英基板上に成膜した多孔質シリカ薄膜、に着目し計画通りに試作した。①の開発では表面研磨が結果に大きく影響することが新たに判明したが、研磨法を確立することで試作品を完成させられた。試作した試料のPs生成効率の材料温度及び陽電子ビーム照射エネルギー依存性について、東大の陽電子寿命測定装置、産総研とKEKの低速陽電子施設を用いて測定を行い、超高密度Ps生成・閉じ込め材料の知見が蓄積された。低速陽電子施設における測定において、表面放出Psの効果が大きく、より詳細な知見を得るには表面放出Psの放出率やエネルギー分布を測定しなければならないという課題が新たに見つかったが、次年度で研究する。
陽電子バンチ高密度化スキームを実現するためのビーム光学系の詳細設計を2018年度中に行う。特に、再減速材からの高密度バンチビームの引き出し法、2段の輝度増強部の接続部の最適化、および高密度バンチビームをターゲットに照射した際のチャージアップ効果が引き起こす材料中の陽電子拡散について、数値シミュレーションを用いて評価する。また2018年度中に、表面放出Psの放出率及びエネルギー分布測定をKEKの低速陽電子施設において完了する。その情報を2017年度のビームテストの結果に適用してデータを詳細に解析し、試作したPs生成・閉じ込めターゲットが期待通りの性能であるかどうかを検証する。Ps-BECを達成するためにはPs生成・閉じ込めターゲットは低温 (10 K以下) かつ紫外線 (波長 243 nm) 照射下でも高い性能を発揮しなければならない。そのためにはターゲットを焼鈍する必要があるため、まずは焼鈍したターゲットの性質を低速陽電子施設にて測定する。並行して2018年度中に低温装置や紫外線照射装置を開発し、低速陽電子施設に設置する。2019年度に低温・紫外線照射下におけるPs生成・閉じ込めターゲットの性質を詳細に測定し、最終的にPs-BEC実現に用いるターゲットを完成させる。
すべて 2018 2017 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (16件) (うち国際学会 3件、 招待講演 4件) 備考 (2件)
Acta Physica Polonica A
巻: 132 ページ: 1620~1624
10.12693/APhysPolA.132.1620
http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/~ishida/work/psbec/index_j.html
https://tabletop.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/Tabletop_experiments/Ps_BEC.html