研究課題/領域番号 |
17H02910
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
中 暢子 京都大学, 理学研究科, 准教授 (10292830)
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研究分担者 |
秋元 郁子 和歌山大学, システム工学部, 准教授 (00314055)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | バレー偏極 / 光配向 / 間接型半導体 |
研究実績の概要 |
近年の遷移金属ダイカルコゲナイドの単一原子層化による直接型ギャップ形成を契機として、円偏光励起によるバレー偏極の研究が目覚ましい発展をみせている。また、光注入によるスピン配向の研究はGaAsなどの直接遷移型半導体で古くから行われている。これらの物質は直接型ギャップに由来する高い光再結合確率を持つが、一方でキャリアの寿命は数ピコ秒と非常に短いため、情報保持に適する長いコヒーレンス時間を持つようなバレー偏極が強く求められている。そこで、本研究では、間接型半導体における長寿命のキャリアに着目する。特に、長いバレーコヒーレンス時間が期待されるIV族半導体のデルタバレー(結晶の〈001〉軸に等価な6方向の伝導帯の谷)にキャリアを選択的に注入する手法を開拓し、バレー自由度を活用するための光初期化の実験を行う。 本年度は、IV族半導体ダイヤモンドに光励起により注入されるデルタバレー偏極電子に関する研究課題に取り組み、着実な成果を得た。まず、超高純度結晶を用いて電子移動度の精査を行った。2つの異なる手法、すなわち時間分解サイクロトロン共鳴(TRCR)法と飛行時間(ToF)法により得られる移動度を同一の試料で比較し、TRCR法ではToF法に比べて約3倍大きな移動度の値が得られることを初めて明らかにした。TRCR法で得られる移動度は、外因性効果を排除したダイヤモンドのフォノンのみに起因する散乱時間を反映していると考えられるため、数値計算と比較し、バレー偏極の緩和に関わる重要な物性パラメータである変形ポテンシャルの決定を進めている。さらに、定常光励起のもとでの極低温のデルタバレー偏極電子に対して、バンドの非放物線性を取り入れたスペクトル解析を初めて行った。このように、デルタバレー偏極電子に関する新たな知見を得ており、本研究は次世代半導体材料のデバイス応用において重要な意義を持つと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
デルタバレー偏極電子の寿命についての理解が大きく進歩した。従来、ダイヤモンドにおけるキャリアの寿命は、再結合過程と非再結合過程から成るバルク寿命、および、表面再結合寿命により制限されると考えられてきた。しかし、本研究で、拡散定数により決定される転位や表面までの「到達時間」が電子寿命に大きく影響することが明らかになった。これは当初予期していなかった成果であるが、重要な知見であるため、寿命の温度依存性を説明する新たなモデルの構築と論文出版の準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度はプロジェクトの最終年度であるため、これまでの実験結果をふまえてさらに成果のインパクトを高めるような実証実験を進めつつ、研究の総括と成果発信に重点をおく。具体的には、シリコンに比べ長いバレーコヒーレンス時間が期待されるダイヤモンドを用いて、デルタバレーに偏極したキャリアに関する次の研究を行う。 a) バレー緩和時間に関わる変形ポテンシャルの精密決定、b) デルタバレーを有する半導体の非放物型バンドの実測、については、昨年度までに実験データの蓄積と主な解析は終了しており、本年度は論文出版に向けた理論計算と論文の執筆を行う。c)結晶方位に依存する非等方的な励起子輸送の観測については、昨年度に引き続き実験を行う。デルタバレーを有する半導体は、非等方的なキャリア有効質量および弾性定数を有する。このため、結晶方位との角度の違いにより、キャリアや励起子輸送に非等方性が生じることが期待される。励起子輸送の非等方性を明らかにするため、(100)および(111)結晶面での発光イメージングの実験を行う。フォノンウィンド等の輸送モデルに基づく数値計算結果との比較を試み、輸送特性制御につなげる。窒素欠陥中心の周りでのチャージ効果および結晶方位に依存する歪み分布にも着目する。d) キャリア寿命における結晶の不完全性の影響については、昨年度の実験結果から、内部歪み、転位、不純物中心などがキャリアおよび励起子の寿命と移動度を大きく律速することが分かってきた。実測した極低温から室温までのキャリア寿命の温度依存性を理解するため、キャリアダイナミクスを記述するモデルを構築し、内部歪みがキャリアの輸送特性に与える効果を定量的に理解する。さらにこのモデルを用いて、結晶性や不純物量などが定量されたダイヤモンド試料における輸送特性パラメータの予測を可能にすることを目指す。
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