研究実績の概要 |
平成29年度に引き続き, 巨視的スケールにおける電圧の過渡現象測定によって, (1)「動的秩序化と無秩序化の競合現象」と(2)「ディピニング転移に付随する新たな動的相転移」を探究する研究を進め, 以下の知見を得た。さらに, 微視的スケールにおける渦糸運動の実時間測定を目指し, 走査トンネル顕微鏡の探針を固定したポイントコンタクト(PC)分光と輸送測定を組み合わせた実験を, 時間分解が比較的容易な低磁場域で実施した。 (1)動的秩序化と無秩序化の競合現象とそれに伴う渦糸配置の変化の解明: 29年度には, 交流に小さい直流を重畳させると動的秩序化は抑制され, 直流の大きさが交流振幅と一致するときに動的秩序化が消失することを見出した。30年度は, 定常状態で渦糸がどのような配置をとるかを明らかにするため, 凍結した渦糸配置を交流で読み出す過渡現象測定を行った。その結果, 交流と直流駆動力が共存する場合は, 定常状態で秩序相と無秩序相が分離すること, さらに, 直流駆動力の増加と共に, 無秩序相の割合が0から1に増加することを見出した。一方, PCによる渦糸運動の実時間測定では, 低磁場域で渦糸の運動を捉えることに成功した。動的秩序化と無秩序化の競合現象を観測できる高磁場域ではまだ観測には至っておらず, 今後の課題である。 (2) 新たな動的相転移の探究: 29年度には, 直流駆動力印加直後の早い時間領域に, ディピニング転移とは異なる過渡現象が存在することを見出した。30年度はその物理的起源を明らかにするため, 従来のスペクトラムアナライザーに比べ高い時間分解能をもち, かつ電圧感度に優れたオシロスコープ(購入物品)を用いた測定を行った。その結果, 早い時間領域に, 強くピンされた渦糸によって自由な渦糸がせき止められたクロッギング(目詰まり)を示唆する緩和現象を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
(1) 交流と直流の駆動力が共存し動的秩序化と無秩序化の競合が起こる場合は, 定常状態で秩序領域と無秩序領域が相分離すること, さらに, 直流駆動力の増加と共に, 無秩序領域の割合が0から1に単調に増加するという新たな結果を見出した。この現象は渦糸系に限らず, 様々な多粒子系で広く観測され得る普遍的な現象と考えられるが, これまで理論的な予想はなく, 本実験により初めて見出されたものである。運動による秩序化と無秩序化という基本問題の理解につながる, 学術的意義が高い成果といえる。今後は, 希薄なコロイド粒子系や高密度のジャミング粒子系における関連する実験研究や, 理論・シミュレ-ションによる研究を促すものと期待される。一方, 走査トンネル顕微鏡を用いたPC分光法による渦糸運動の局所実時間測定は, 高磁場域ではまだ成功していないものの, 低磁場域では渦糸の運動を捉えることに成功した。世界でまだ誰も行っていない挑戦的な実験であり, 今後につながる大きな一歩が得られたと自己評価している。 (2) 非平衡ディピニング転移の普遍性を実証する長時間域の実験結果を複数のパラメタに対して得たことに引き続き, 駆動力印加直後の速い時間領域に, 強くピンされた渦糸によるクロッギング(目詰まり)を示唆する新たな緩和現象を見出したことは大きな成果といえる。非平衡クロッギング転移という新たな非平衡相転移の存在の可能性も期待させるものであり, 当初の計画を上回る進展といえる。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である平成31年度は, 30年度までの研究を発展させる以下の2つの研究を推進する。これらの実験をとおし, いよいよこれらの現象の核心に迫る。 (1)動的秩序化と無秩序化の競合とその物理起源の解明: 交流に小さい直流を重畳させると動的秩序化は抑制され, 定常状態で秩序相と無秩序相が分離すること, そして, 直流駆動力の増加と共に, 無秩序相の割合が増加することを見出した成果を受け, 今年度は, なぜそのような現象が現れるのか, その物理的起源を解明する実験を行う。具体的には, 交流と直流の重畳の仕方をこれまでと変え, 動的秩序化と無秩序化の競合現象を支配する実験条件を抽出する。さらに, 走査トンネル顕微鏡の探針を固定したPC分光法を用いた渦糸運動の微視的な実時間測定を, 時間分解が困難な高磁場域も含めて推進する。 (2) 非平衡クロッギング転移の実証: これまでの研究で手がかりをつかみつつあるクロッギング現象が, 非平衡相転移であるかどうか, もしそうであるなら, これまで我々が明らかにしてきた非平衡ディピニング転移や可逆非可逆転移と類似の相転移であるかどうかを検証する。そのため, 緩和時間を駆動力の関数として測定し, 臨界現象や臨界指数を求める。ここで, 短い緩和時間を精度よく求めるためには, ディピニング転移に伴う過渡現象を分離する必要がある。そこで, 入力と読み取りの実験において, 直流の駆動力印加直後に駆動方向を反転させた測定も行うことにより, 強くピンされた渦糸によるクロッギング(あるいはブロッキング)の効果だけを選択的に観測することを狙う。
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