研究課題/領域番号 |
17H02938
|
研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
井上 慎 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (10401150)
|
研究分担者 |
竹内 宏光 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 講師 (10587760)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 量子エレクトロニクス |
研究実績の概要 |
平成29年度の最大の実験課題は、東京大学から大阪市立大学に移設した真空装置、光学系、大電流回路、およびコンピューターによる制御システム全てを組み上げ、ボース・アインシュタイン凝縮を復活させることであった。幸い、全ての作業は順調にいき、年度末ギリギリの3月に無事ルビジウムのボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)の生成に成功した。ボース・アインシュタイン凝縮体中の原子数は約5x10^5個程度で以降の実験には十分の大きさである。今回は新しく装置の周囲をビニールで囲って簡易のクリーンルームを設営したので、実験装置の周囲に熱がこもってしまうことを心配したが、数時間実験を続けても大きな支障がないことが確認された。もう一つの大きな実験課題は冷却原子のイメージング系の改良である。設計を変更し、従来4マイクロメートル程度であった解像度を改善することを目指した。別にイメージング系を組んで試行した結果、解像度を2マイクロメートル程度にまで改善することが可能なことが分かった。散乱長の時空間制御に向けた具体的な検討も進めた。シカゴ大学で開発された光による散乱長制御の方法をカリウム原子に応用できるか検討した。光によって作られる実効磁場の典型的な大きさは数10mG程度と小さい。カリウムは微細構造分裂が小さく、大きな磁場を作ろうとすると光の非弾性散乱が問題になることが分かった。 理論面では、(i) 相分離する2成分BECと(ii)量子渦の非平衡ダイナミクスについて新たな知見を得た。(i)では、相分離非平衡ダイナミクスの後期において,量子渦が重要な役割を果たし,ドメインサイズ分布の冪則に古典系ではこれまで確認されていない異常な振舞いが現れることを初めて明らかにした.(ii)では、一様なBECにおいて、循環量子数が2の量子渦が動的に不安定であることを初めて明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度中に達成したいとしていた、ボース・アインシュタイン凝縮体の復活とイメージング系の改良の2点はともに達成できた。得られたボース・アインシュタイン凝縮体はルビジウムで、まだカリウムの実験は調整中だが、光学系の調整は全て終了しているので大きな問題はないと期待される。イメージング系については、従来4倍だった拡大率を8x3=24倍に増強することができた。レンズ径と焦点距離の比で決まる解像度の限界がもっとも重要だが、当初の予定では2インチのレンズを原子から140mm程度にまで近づける予定であったが、レンズ系を1インチにすれば50mmの距離にまで近づけられることが分かり、実際に実験装置にインストールした。さらにテストベンチでの解像度評価によって、板厚2.5mmのガラスセルが与える収差はほぼ無視できること、レンズの傾き角が与える収差も、傾きを0.1度以内に調整できれば大きな問題はないことも確認された。 実験中に派生した全く別の興味として、蒸発冷却に用いるマイクロ波がアンテナからどのように出ているか強度分布に興味を持った。先行研究ではGHz帯の振動磁場の強度分布をルビジウムで検出した例はあったが、それより低い周波数帯での実験は見当たらなかった。カリウムを使えば数百MHzの振動磁場が測定可能だが、常温の原子気体を用いるとドップラーシフトが問題になる。偏光を用いてスピンのラビ振動を直接観測する手段を発見し、アンテナからの振動磁場強度の分布の測定に成功したので春の物理学会で口頭発表を行った。 理論面に関して、研究実績の概要で示した(i)と(ii)で明らかにした事柄は、いずれも本課題で課題に挙げている非平衡ダイナミクスを理解する上で重要な物理である。得られた成果は、国内・国際会議および学術論文として既に発表済みであり、理論面においても研究はおおむね順調に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
カリウム41を使って光による散乱長制御を行った場合の非弾性散乱の大きさの評価を確立する。例えば「BEC液滴」の実験を行った場合にどれだけの原子ロスにつながるか評価する。問題なければ外部共振器半導体レーザーを用いて魔法波長の光源を作成し、魔法波長の決定を行う。イメージング系については非球面レンズを用いるとさらに解像度が1~2割改良できる可能性があるので早急に検討を進める。ビームの空間整形については空間位相変調機ではなく、安価でノイズの少ないデジタルミラーデバイス(DMD)を用いる予定である。ハーバードのGreinerグループの方式を参考に、PCによりDMDを制御し、ビーム整形する方法を確立する。 BECの生成に成功したため、今後は理論と実験の連携をより一層深めていくことが可能になる。ルビジウム原子とカリウム原子の同時量子凝縮が実現すれば、研究計画に記載した2成分BECの非平衡ダイナミクスに関する課題の中から、検証しやすいものを選定し理論と実験を密に連携しながら研究を遂行する。同時凝縮の実現が遅れそうな場合は、1成分BECに関する非平衡現象に焦点を当てることを検討するなど、臨機応変に研究を推進する。
|