研究課題
炭素質コンドライト中にアミノ酸前駆体や核酸塩基を含む様々な有機物が検出され,生命の起源との関連が議論されているが,その起源については,分子雲中の星間塵アイスマントル中での生成や,隕石母天体中の液相中での生成などが考えられる。本申請研究では,星間や小天体内部を模擬した実験により生じた有機物,特にアミノ酸前駆体に着目し,模擬実験で生成したアミノ酸前駆体のキャラクタリゼーションを行い,隕石や宇宙塵中の有機物と比較することにより,それらの起源と生命の起源における役割を解明することを目的とした。主要な星間分子種であるメタノール・アンモニア・水の混合物を液体窒素温度で凍結後,重粒子加速器(HIMAC, 放医研)からの高エネルギー炭素線を照射し,生成物を加水分解後にアミノ酸を分析したところ,グリシンなどのアミノ酸が生成した。また,一酸化炭素・アンモニア・水の混合物にタンデム加速器(東工大)からの陽子線を照射した場合も生成物(CAW)加水分解物中に多様なアミノ酸が検出された。小天体内部での反応を模擬し,ホルムアルデヒド,アンモニアを含む水溶液にガンマ線を照射した場合も種々のアミノ酸が生成した。これらの生成物をFT-IR, XANESなどでキャラクタリゼーションを行ったところ,従来アミノ酸の主要な前駆体とされてきたアミノニトリル類はあまり含まれず,アミド結合を含むものが主要な複雑有機物であることがわかった。さらなるキャラクタリゼーションを行うため,陽イオン交換HPLC法および逆相HPLC法による分画等を組み合わせた手法の構築を行った。アミノ酸前駆体とアミノ酸の宇宙環境での安定性の評価を行った。グリシン,アミノアセトニトリル,ヒダントインとCAW(複雑態アミノ酸前駆体)に,重粒子線,軟X線,ガンマ線などを照射したところ,どの線種にたいしてもCAWがアミノ酸前駆体として安定であることがわかった。
2: おおむね順調に進展している
1.星間塵アイスマントルおよび隕石母天体内部を模した実験を行い,アミノ酸前駆体が生成するかをまず確認した。前者では,星間塵アイスマントルの観測値にあわせて作成したメタノール・アンモニア・水の凍結混合物に炭素線(290 MeV/u)を照射した。後者では,ホルムアルデヒド・アンモニア・水の混合液を加熱,もしくはガンマ線照射を行った。いずれも生成物を加水分解することによりアミノ酸が生成し,「アミノ酸前駆体」が生成したことを確認した。また,そのXANES分析,FT-IR分析から,ニトリルよりはアミド結合に富んだ物質が生成したことがわかった。つまり,この系では従来,アミノ酸の主要な無生物的生成経路とされてきたStrecker合成以外の生成機構が主であることがわかった。2.アミノ酸前駆体の同定をめざし,試料を逆相HPLCおよび陽イオン交換HPLCで分画したのち,各画分を加水分解後にアミノ酸を定量する方法を構築した。模擬星間物質の陽子線照射物(CAW)に適用したところ,主要なアミノ酸前駆体は既知のグリシン前駆体(アミノアセトニトリル,ヒダントインなど)ではないことがわかった。3.種々のグリシン前駆体の宇宙環境下での安定性を評価した。重粒子線照射(放医研HIMAC使用)・ガンマ線照射(東工大60Co源使用)・軟X線(兵庫県立大NewSUBARU使用)に対して,グリシンや既知のグリシン前駆体よりも模擬星間物質から合成した複雑態前駆体(CAW)の方が安定であることがわかった。実際の宇宙環境下でこれらの物質を曝露する「たんぽぽ計画」の試料が宇宙から帰還し,その分析を行った。その結果,一般の有機物(ヒダントインなど)は宇宙紫外線の吸収に応じて分解するが,CAWは幅広い紫外線を吸収するにもかかわらずアミノ酸前駆体として安定であることがわかった。
1.星間模擬実験を出発材料や与えるエネルギーなどの条件を変えながら継続し,様々なアミノ酸前駆体等の合成を行う。一酸化炭素・アンモニア・水の系ではメタンの添加効果,メタノール・アンモニア・水の系ではホルムアルデヒドの添加効果も調べる。2.原始太陽系星雲中での有機物の変成を調べるため,1.で合成した模擬星間有機物にNewSUBARU BL-6で軟X線~赤外線の連続光を照射する。この操作により,その構造変化,特に不溶性有機物の生成や,加水分解後のアミノ酸生成量等について調べる。3.隕石母天体内部を模擬した水溶液中でのホルムアルデヒド・アンモニアの反応実験(加熱およびガンマ線照射)を継続する。4.1.および2.の生成物を分子量による分画,種々のHPLC法による分画を行い,各画分を加水分解によって生じるアミノ酸を定量することによりどのような前駆体が主に生成するかを調べる。構造既知の小分子量のアミノ酸前駆体は同定・定量する。高分子量画分のものはFT-IR, XANES, ESI-MSなどによりキャラクタリゼーションを行う。5.これまで報告されている,アミノ酸を出発材料とした化学進化実験を,アミノ酸前駆体(アミノニトリル,ヒダントイン,CAWなど)を出発材料として行い,比較を行う。検討する反応としては,(1) 海底熱水系における高温高圧下でのペプチド生成実験,(2) 干潟モデルにおけるwet-dryサイクルによるペプチド生成実験などである。6.隕石中のアミノ酸およびアミノ酸前駆体の検出法の構築のため,まずは,地球極限環境試料(アタカマや南極の土壌など)を用いたアミノ酸・アミノ酸抽出法について検討する。全アミノ酸分析法ではフッ酸分解法と塩酸抽出法の比較,アミノ酸前駆体抽出では,フッ酸分解法と熱水抽出法を比較する。
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Astrobiology
巻: 17 ページ: 786-812
10.1089/ast.2016.1492