研究課題/領域番号 |
17H02991
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
小林 憲正 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (20183808)
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研究分担者 |
三田 肇 福岡工業大学, 工学部, 教授 (00282301)
神田 一浩 兵庫県立大学, 高度産業科学技術研究所, 教授 (20201452)
癸生川 陽子 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 准教授 (70725374)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | アミノ酸前駆体 / 生命の起源 / 星間物質 / 隕石母天体 / 宇宙線 |
研究実績の概要 |
炭素質コンドライト中にアミノ酸前駆体などの様々な有機物が検出され,生命の起源との関連が議論されているが,それらは,分子雲中の星間塵アイスマントル中や,隕石母天体中で生成した可能性が考えられる。隕石中のアミノ酸前駆体に関してはアミノニトリル類などが想定されてきたが,まだわかっていない。本申請研究では,星間や小天体内部を模擬した実験により生じたアミノ酸前駆体のキャラクタリゼーションを行い,隕石中のものとの比較などにより,その生成機構と生命の起源における役割を調べることを目的とした。 主要な星間分子種であるメタノール・アンモニア・水の混合物を液体窒素温度で凍結後,重粒子加速器(HIMAC, 放医研)からの高エネルギー炭素線を照射し,生成物(MeAW)を加水分解後にアミノ酸を分析したところ,グリシンなどのアミノ酸が生成した。また,一酸化炭素・アンモニア・水の混合物にタンデム加速器(東工大)からの陽子線を照射した場合も生成物(CAW)加水分解物中に多様なアミノ酸が検出された。これらを平成29年度に開発した手法によりキャラクタリゼーションしたところ,分子量数千のアミノ酸前駆体が多く生成していることがわかった。これは,従来の化学進化シナリオに反する新たな発見である。 アミノ酸前駆体とアミノ酸の宇宙環境での安定性の評価を,地上実験および宇宙実験(たんぽぽ計画)によって行った。宇宙実験ではCAWはグリシンやヒダントインよりもはるかに多くの紫外線を吸収するにもかかわらず,グリシンと同等,ヒダントインよりも高い安定性を示し,また重粒子線,軟X線,ガンマ線などにたいしてもCAWがアミノ酸前駆体として安定であることがわかった。 アミノ酸前駆体が地球に届けられた後,海底熱水噴出孔でさらなる進化が考えられる。ヒダントインはグリシンよりもペプチドを生成しやすいこと,CAWが有機凝集体を作ることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.星間塵アイスマントルを模した実験でアミノ酸前駆体が生成することは平成29年度に確認した。本年度はこの「アミノ酸前駆体」が,従来いわれていたようにアミノニトリルやヒダントインのような小分子かどうかを直接確認することを確認した。ゲルろ過法,限外ろ過法などをもちいて生成物を分取した後,加水分解してアミノ酸としてどのような画分からアミノ酸が生じるかを調べたところ,分子量数千の画分から多くのアミノ酸前駆体が検出された。このことは,星間を模擬した実験では従来,隕石中のアミノ酸の主要な無生物的生成経路とされてきたStrecker合成以外の生成機構が主であることを強く示唆する結果であ。 2.種々のグリシン前駆体の宇宙環境下での安定性を前年度に引き続き評価した。重粒子線照射(放医研HIMAC使用)・ガンマ線照射(東工大60Co源使用)・軟X線(兵庫県立大NewSUBARU使用)を用いた地上模擬実験による評価に加え,実際の宇宙環境下でこれらの物質を曝露する「たんぽぽ計画」の試料の分析結果から,複雑態アミノ酸前駆体(CAW)はグリシンやヒダントインよりもはるかに強く紫外線を吸収するにもかかわらずアミノ酸前駆体として安定であることがわかった。 3.宇宙から届けられた有機物が地球上でさらなる化学進化を受ける可能性を検証するため,CAWやヒダントインといったアミノ酸前駆体を出発材料とする化学進化実験を行った。海底熱水噴出孔を模擬したフローリアクター中でヒダントインはグリシンよりもペプチドを作りやすいこと,CAWは有機凝集体を作ることがわかった。 4.以上の結果は,1950年代から想定されていた,小分子がまず生成し,それから順次より大きな分子に進化する,という古典的シナリオの妥当性を疑う必要があることを強く示唆する結果である。
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今後の研究の推進方策 |
1.粒子線照射により生じた有機物(CAW, MeAW)のキャラクタリゼーションをさらに進める。特に種々の分離法によって分画した後に,LC/MSによる解析を行い,生成物の構造や,高分子化合物の生成機構を推定する。このために,出発材料(CO, CH3OH)を同位体ラベルした実験を行う。 2.小天体内部での反応を模擬した実験(HCHO, NH3, H2O混合溶液を加熱,もしくはγ線照射する)により生じた生成物(FAW)がアミノ酸前駆体を含むことがわかっているので,そのキャラクタリゼーションをCAWなどと同様の方法で行い,生成機構の比較を行う。 3.南極隕石(国立極地研所有の炭素質コンドライト)中のアミノ酸前駆体のキャラクタリゼーションを行い,1,2の結果と比較を行う。なお,微量有機物のキャラクタリゼーション法は,砂漠や南極土壌を用いて構築する。 4.CAWを1~3年宇宙曝露した試料の構造変化を調べ,地上での紫外線・放射線照射実験とも比較しながら,宇宙での有機物の生成および変成の過程を推定するとともに,CAWのような複雑態アミノ酸前駆体が安定な理由を推定する。 5.これまでにアミノ酸を出発材料として行われてきた種々の実験をアミノ酸前駆体(ヒダントイン,CAWなど)を用いて行い,アミノ酸からスタートした場合との違いを調べる。例えば,ヒダントインやCAWを海底熱水噴出孔を模擬したフローリアクターで加熱して生成する有機物をLC/MSによって同定する,生成した凝集体のキャラクタリゼーションを行う,などを行う。 6.以上の結果から,宇宙環境(星間,隕石母天体内)でのアミノ酸前駆体の生成機構やその構造を推定し,それをもとに,地球上での生命の誕生にいたるあらたな化学進化シナリオを構築し,論文として発表する。
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