光駆動型内向きプロトンポンプの輸送メカニズム解明とオプトジェネティクスへの応用

2018 年度 実績報告書

• 研究課題/領域番号: 17H03007
• 研究機関: 東京大学
• 研究代表者: 井上 圭一 東京大学, 物性研究所, 准教授 (90467001)
• 研究期間 (年度): 2017-04-01 – 2021-03-31
• キーワード: ロドプシン / プロトンポンプ / オプトジェネティクス / レーザー分光 / レチナール

研究実績の概要

平成30年度は引き続き本研究の主な研究対象である、光駆動内向きH+ポンプ（PoXeR）を中心とした各種微生物型ロドプシン分子について、機能解析や分光測定などを行い、分子機能や機能発現メカニズムについて数多くの知見を得ることに成功し、その成果を主に10報の論文と10件の招待講演として発表した。
中でも本年度新たに、既存のロドプシンファミリーと独立した、ヘリオロドプシン（HeR）ファミリーの存在を国際共同研究を通じて明らかにし、またその分子物性や光反応を調べた。その結果HeRは他のロドプシンと独立しているだけではなく、細胞膜中での分子配向が逆転しているという極めて新奇な知見を得、これらの成果についてNature誌に報告を行い、さらに中日新聞において新聞報道がなされた。また広範な微生物型ロドプシンについて、多量体構造を高速原子間力顕微鏡および円二色性分光法を用いて調べたところ、進化的に三量体型と五量体型のロドプシンに分岐し、それぞれのファミリーで多様な機能を持つ分子が生じていることが明らかとされ、その成果についてSci. Rep.誌に報告を行った。さらに本年度より新たに長波長光で駆動可能なオプトジェネティクスツールの開発に向け、機械学習法による、アミノ酸配列からロドプシンの吸収波長を予測する技術の開発に取り組んだ。この結果±7.8 nmの精度で、配列情報のみからロドプシンの吸収波長を予測できることが示され、本成果についてもSci. Rep.誌に論文として報告を行った。

現在までの達成度 (区分)

1: 当初の計画以上に進展している

理由

本研究の主たる研究対象である内向きH+ポンプ型ロドプシン（PoXeR)については、これまでの研究により、他のロドプシンより少ない数のH+化レチナールSchiff塩基のカウンターイオンや細胞質側に特徴的に保存された酸性アミノ酸へのH+移動、13-cis-15-anti型から13-cis-15-syn型もしくはall-trans-15-anti型への熱的な異性化に伴う細胞外側からのダイレクトなH+受容などによって、効率的な内向きH+輸送が達成されていることが明らかとなり、ほぼそのメカニズムについて完全に解明することに成功していることから、本研究課題において当初の計画以上の進展があるといえる。
また本年度は既存の微生物型および動物型のいずれのロドプシンとも異なる、第３のロドプシンファミリーであるヘリオロドプシン（HeR）を、新たにイスラエル工科大学Oded Beja教授のグループと共に発見した。このHeRについてはいまだ光によってどのような生理機能が発現するのかについては明らかとなっていないが、詳細な分子物性および光反応サイクルの解析により、既存の全てのロドプシンと比べて、細胞膜中での膜配向が逆転しているという、極めて新しい特徴を持つことが明らかとされた。その他、細菌や古細菌の持つ微生物型ロドプシンの大部分が三量体および五量体構造を持ち、さらにそれぞれのグループの中で多様な機能を持つ分子が進化したことが高速原子間力顕微鏡と円二色性分光法によって明らかにされた。
またおよそ900種類のロドプシンのアミノ酸配列と吸収波長の実験結果に対して機械学習法を適用することで、配列情報のみから±7.8 nmの精度で吸収波長の予測が可能である事を示した。この機械学習法を用いた波長予測法については、今後自然界における波長未知のロドプシンから、よりオプトジェネティクスなどの応用に適した分子の探索に用いられることが期待される。

今後の研究の推進方策

本研究によりPoXeRについて、その内向きプロトンポンプ機能を達成するメカニズムの主な部分に関しては、ほぼ完全に明らかにすることに成功した。従って今後はさらに他の内向きプロトンポンプ型ロドプシンについても輸送過程の研究を行い、PoXeRとの共通点や相違点について明らかにすることで、より本質的なメカニズムの理解に取り組む。
一方で本年度新たに発見したHeRについては、その分子機能や構造について不明な点が数多くあることから、次年度以降さらなる研究を行っていく。さらにこれまでHeRは主に細菌由来のものに対して研究を行っていたことから、次年度以降は古細菌や真核生物、ウイルスなどの持つHeRについても調べ、機能や光反応の多様性について明らかにする。また最近進化的にHeRと既存の微生物型ロドプシンとの間に位置する新たなファミリーの存在が見出されたことから、今後これらについても分子機能解析を実施する。
その一方で今年度新たに開発を行った機械学習法による波長予測法を応用することで、今後はより多様な吸収波長を持つロドプシンの探索を行う。特にオプトジェネティクスにおいては、長波長光を用いることで、脳組織による光の散乱や光による細胞毒性などの影響を受けずに、神経操作が可能になることから、より長波長域に吸収を持つロドプシンを探索することで、従来のものより応用に敵した分子の発見が期待される。またそれと並行してアミノ酸変異によってレチナールの電子状態を変化させることで、吸収波長の人工的な長波長化を試みる。これら自然界での新奇分子探索と人工的なアミノ酸改変を組み合わせることで、これまでになく長波長に吸収を持った、極めて高機能なオプトジェネティクスツールの実現が期待される。

研究成果

• [国際共同研究] Israel Institute of Technology(イスラエル)
  • 国名: イスラエル
  • 外国機関名: Israel Institute of Technology
• [国際共同研究] Czech Academy of Sciences(チェコ)
  • 国名: チェコ
  • 外国機関名: Czech Academy of Sciences
• [国際共同研究] University of Siena(イタリア)
  • 国名: イタリア
  • 外国機関名: University of Siena
• [雑誌論文] Casting light on Asgardarchaeota metabolism in a sunlit microoxic niche (2019)
  • 著者名/発表者名: Paul-Adrian Bulzu†, Adrian-Stefan Andrei†, Michaela M. Salcher, Maliheh Mehrshad, Keiichi Inoue, Hideki Kandori, Oded Beja;, Rohit Ghai*, Horia L. Banciu
  • 雑誌名: Nature Microbiology 巻: in press ページ: in press
  • DOI: 10.1038/s41564-019-0404-y
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Ultrafast Dynamics of Heliorhodopsins (2019)
  • 著者名/発表者名: Shinya Tahara, Manish Singh, Hikaru Kuramochi, Wataru Shihoya, Keiichi Inoue, Osamu Nureki, Oded Beja, Yasuhisa Mizutani, Hideki Kandori, Tahei Tahara*
  • 雑誌名: The Journal of Physical Chemistry B 巻: 123 ページ: 2507-2512
  • DOI: 10.1021/acs.jpcb.9b00887
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Heliorhodopsins are absent in diderm (Gram-negative) bacteria: Some thoughts and possible implications for activity (2019)
  • 著者名/発表者名: Jose Flores-Uribe†, Gur Hevroni†, Rohit Ghai, Alina Pushkarev, Keiichi Inoue, Hideki Kandori, Oded Beja*
  • 雑誌名: Environmental Microbiology Reports 巻: in press ページ: in press
  • DOI: 10.1111/1758-2229.12730
  • 査読あり / オープンアクセス / 国際共著
• [雑誌論文] Resonance Raman Investigation of the Chromophore Structure of Heliorhodopsins (2018)
  • 著者名/発表者名: Akihiro Otomo, Misao Mizuno, Manish Singh, Wataru Shihoya, Keiichi Inoue, Osamu Nureki, Oded Beja, Hideki Kandori, Yasuhisa Mizutani*
  • 雑誌名: The Journal of Physical Chemistry Letters 巻: 9 ページ: 6431-6436
  • DOI: 10.1021/acs.jpclett.8b02741
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Understanding Colour Tuning Rules and Predicting Absorption Wavelengths of Microbial Rhodopsins by Data-Driven Machine-Learning Approach (2018)
  • 著者名/発表者名: Masayuki Karasuyama†, Keiichi Inoue†, Ryoko Nakamura, Hideki Kandori*, Ichiro Takeuchi*
  • 雑誌名: Scientific Reports 巻: 8 ページ: 15580
  • DOI: 10.1038/s41598-018-33984-w
  • 査読あり / オープンアクセス
• [雑誌論文] Crystal structure of the natural anion-conducting channelrhodopsin GtACR1 (2018)
  • 著者名/発表者名: Yoon Seok Kim†, Hideaki E. Kato†,*, Keitaro Yamashita, Shota Ito, Keiichi Inoue, Charu Ramakrishnan, Lief E. Fenno, Kathryn E. Evans, Joseph M. Paggi, Ron O. Dror, Hideki Kandori, Brian K. Kobilka, Karl Deisseroth*
  • 雑誌名: Nature 巻: 561 ページ: 343-348
  • DOI: 10.1038/s41586-018-0511-6
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Structural mechanisms of selectivity and gating in anion channelrhodopsins (2018)
  • 著者名/発表者名: Kato Hideaki E.、Kim Yoon Seok、Paggi Joseph M.、Evans Kathryn E.、Allen William E.、Richardson Claire、Inoue Keiichi、Ito Shota、Ramakrishnan Charu、Fenno Lief E.、Yamashita Keitaro、Hilger Daniel、Lee Soo Yeun、Berndt Andre、Shen Kang、Kandori Hideki、Dror Ron O.、Kobilka Brian K.、Deisseroth Karl
  • 雑誌名: Nature 巻: 561 ページ: 349-354
  • DOI: 10.1038/s41586-018-0504-5
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Mutation Study of Heliorhodopsin 48C12 (2018)
  • 著者名/発表者名: Manish Singh, Keiichi Inoue, Alina Pushkarev, Oded Beja, Hideki Kandori*
  • 雑誌名: Biochemistry 巻: 57 ページ: 5041-5049
  • DOI: 10.1021/acs.biochem.8b00637
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] Time-resolved FTIR study of light-driven sodium pump rhodopsins (2018)
  • 著者名/発表者名: Hui-Fen Chen, Keiichi Inoue, Hikaru Ono, Rei Abe-Yoshizumi, Akimori Wada, Hideki Kandori*
  • 雑誌名: Physical Chemistry Chemical Physics 巻: 20 ページ: 17694-17704
  • DOI: 10.1039/C8CP02599A
  • 査読あり / 国際共著
• [雑誌論文] A distinct abundant group of microbial rhodopsins discovered using functional metagenomics (2018)
  • 著者名/発表者名: Alina Pushkarev†, Keiichi Inoue†, Shirley Larom, Jose Flores-Uribe, Manish Singh, Masae Konno, Sahoko Tomida, Shota Ito, Ryoko Nakamura, Satoshi P. Tsunoda, Alon Philosof, Itai Sharon, Natalya Yutin, Eugene V. Koonin, Hideki Kandori*, Oded Beja*
  • 雑誌名: Nature 巻: 558 ページ: 595-599
  • DOI: 10.1038/s41586-018-0225-9
  • 査読あり / 国際共著
• [学会発表] The transport mechanism of a new light-driven inward proton pump, schizorhodopsin (SzR) (2019)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一、角田聡、Manish Singh、今野雅恵、富田紗穂子、中村良子、渡辺大輝、内橋貴之、Rohit Ghai、Oded Beja、神取秀樹
  • 学会等名: 日本化学会第99春季年会2019
• [学会発表] 合成系から見た分子集合体の機能創成―生体材料 (2019)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 日本化学会第99春季年会(2019)
  • 招待講演
• [学会発表] 光受容型膜タンパク質・微生物型ロドプシンの物理化学研究 (2019)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 2018年度「物質階層原理研究」・「ヘテロ界面研究」研究報告会
  • 招待講演
• [学会発表] 微生物の持つロドプシンの多様な世界 (2019)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 大阪市立大学セミナー
  • 招待講演
• [学会発表] 新奇光駆動型内向きプロトンポンプ型ロドプシンSchizorhodopsin (SzR)とその輸送メカニズムの分光研究 (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一、角田聡、Manish Singh、今野雅恵、富田紗穂子、中村良子、渡辺大輝、内橋貴之、Rohit Ghai、Oded Beja、神取秀樹
  • 学会等名: 日本生体エネルギー研究会 第44回討論会
• [学会発表] 第3のロドプシン・ヘリオロドプシン (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 第三回ルミノジェネティクス研究会
• [学会発表] 光エネルギーを使った微生物型ロドプシンの多様な機能とその分子メカニズム (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 千葉大キラリティー研究センター定例研究会
  • 招待講演
• [学会発表] Spectroscopic Study on the Functional Mechanism of New Microbial Rhodopsin Families (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue
  • 学会等名: India-Japan Mini-workshop
  • 国際学会 / 招待講演
• [学会発表] Biophysical Study on Heliorhodopsin (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue
  • 学会等名: 18th International Conference on Retinal Proteins
  • 国際学会 / 招待講演
• [学会発表] 光受容膜タンパク質微生物型ロドプシンの多様性とその分子メカニズム (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 東京工業大学化学科セミナー～物理化学研究の新潮流
  • 招待講演
• [学会発表] ゲノム科学により拡がる新奇微生物型ロドプシンの多様性と光化学 (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 第56回日本生物物理学会年会
  • 招待講演
• [学会発表] 「微生物型ロドプシン」と「深海・機械学習・聖書etc.」 (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 第８回生体物理化学セミナー
• [学会発表] Microbial Rhodopsin: Photo-receptive Membrane Proteins with Diverse Functions (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue
  • 学会等名: 14th Japanese-German Frontiers (JGFoS) of Science Symposium
  • 国際学会
• [学会発表] How the Light-driven Ion Pump Rhodopsins Decide What Ion Species They Transport? (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue
  • 学会等名: The 79th Okazaki Conference: Synthetic, Biological, and Hybrid Molecular Engines
  • 国際学会
• [学会発表] 光受容型膜タンパク質微生物型ロドプシンの機能の多様性の起源に迫る (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 物性研究所談話会
• [学会発表] 新奇ヘリオロドプシンの発見と光反応過程の分光研究 (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: 細胞構成研究会
• [学会発表] Study on a New Distinct Family of Rhodopsin, Heliorhodopsin (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue, Alina Pushkarev, Manish Singh, Masae Konno, Sahoko Tomida, Shota Ito, Ryoko Nakamura, Satoshi P. Tsunoda, Oded Beja, Hideki Kandori
  • 学会等名: 10th Optogenetics Research Conference
  • 国際学会
• [学会発表] オプトジェネティクスに向けたナトリウムポンプ型ロドプシンの長波長化とそのメカニズム (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一、Maria del Carmen Marin、中村良子、中島悠太、Massimo Olivucci、神取秀樹
  • 学会等名: 第45回生体分子科学討論会
• [学会発表] The New Era of Marine Bacterial Photobiology- New Types of Microbial Rhodopsin (2018)
  • 著者名/発表者名: Keiichi Inoue
  • 学会等名: 3rd Global Congress & Expo on Mterials Science & Engineering (GCEMSE-2018)
  • 国際学会 / 招待講演
• [学会発表] 微生物型ロドプシンの光機能メカニズム研究 (2018)
  • 著者名/発表者名: 井上圭一
  • 学会等名: LASORセミナー
• [備考] researchmap - 井上 圭一
  • URL: https://researchmap.jp/k_inoue/