研究課題/領域番号 |
17H03012
|
研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
佐藤 和信 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (90264796)
|
研究分担者 |
中澤 重顕 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特任准教授 (70342821)
杉崎 研司 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特任講師 (70514529)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | パルス磁気共鳴 / NMRパラダイムESR / 量子制御 / 断熱変化 / チャープパルス / 電子状態 |
研究実績の概要 |
多スピン分子系の電子状態・位相情報を解明する新しいパルス電子磁気共鳴分光手法(NMRパラダイムESR)の確立を目指し、任意波形パルスを用いる多重共鳴技術を量子状態制御に適用するとともに、分子スピン系の電子状態評価と理論計算手法の開発を進めた。安定なTEMPOラジカルに波形制御したマイクロ波GRAPEパルスを照射することによって、自由に希望するESR遷移のみを励起し、信号として引き出せることを実証した。初期状態から任意の希望する状態(終状態)へ状態変換するためのパルス波形は、、数値的最適化により構築した。観測されたパルスESRスペクトルの解析より、量子状態の変換が高い精度で実現していることを示し、パルスESR信号を自由に制御可能であることが明らかとなった。また、様々な周波数掃引速度をもつチャープマイクロ波パルスをデザインし、ESR遷移における電子スピンの断熱的な状態変化について考察した。断熱性を一定に保ちながら電子スピン共鳴条件を通過するチャープパルスが断熱的な変化に有効であることを実験的に示した。マイクロ波GRAPEパルス操作と断熱的な状態変換操作を組み合わせることにより、状態変換精度の向上につながると期待される。 マイクロ波パルス波形の最適化手法は、量子演算/量子情報処理・分子スピン量子コンピュータにおける電子スピン制御の要素技術となるものであるが、基礎技術は周波数の異なるNMRにおけるラジオ波パルス波形の構築にも適用可能である。我々の最適化手法をNMR向けのパルス最適化に応用することを目的として、ロシア人研究者と共同研究を行った。条件付きの最適化プロセスで構築したラジオ波パルスを適用することにより、NMR信号強度を向上させることに成功し、NMR遷移の効率的な状態変換につながる成果を得た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
任意波形信号発生器を組み込み、独自にカスタマイズしたパルスESR分光器を用いて、目的の状態制御に応じた制御パルスを作成し、典型的なラジカルのESR応答を観測した。従来の矩形パルスから任意波形パルスに変更することにより、自由なスピン選択が可能となり、複雑な状態制御への道筋をつけることができた。ニトロキシドラジカルと窒素同位体15Nを含むニトロキシドラジカルの混合試料で観測される5本線のESR遷移をパルス技術により個別に観測することを実証した。単一の遷移のみを観測したり、ラジカル選択的に観測したり状態制御を実際に行うことが出来る環境が整ったため、スピン操作技術の展開に道筋をつけることが出来ている。今後、よりデコヒーレンス時間の長いスピン系に任意波形パルス技術を適用することによりNMRパラダイムESR技術の基盤を固め、応用展開していくことが可能である。 一方、分子多スピン系の電子構造評価を行うために多スピン開核系の量子化学計算を行い、ESRスペクトル測定から得られる磁気パラメータの高精度計算法を開発し、金属錯体系に適用できることを示した。磁気パラメータの量子化学計算は発展途上であり、高精度の実験結果と信頼性の高い計算との比較は、電子状態解明や電子状態理論の検証に有効な相乗効果をもたらすことが期待できるため、今後ESR分光に役立つ方法論の提示につなぐことが可能と考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
任意波形パルスのデザインに、状態制御に応じて数値的に最適なパルスを探索しているが、更によいパルス波形が存在するかどうかを証明することは困難である。現段階では限られた少数スピンの制御を目的として最適化を行っているが、今後扱うスピン数が増大した場合にはグローバルに最適化されたパルス構築のために最適化手法の一般化が不可欠であると考えられる。スピン制御の実験を進めながら、一般最適化手法をパルス波形構築に導入するとともに、初期波形依存性や最適化ルーチンの短縮を検討することにより、効率的な状態制御パルス構築手法の向上を目指す予定である。具体的には、様々な初期波形からパルス波形に対する最適解を構築することにより、状態変換に関わる任意波形パルスの効果を数値シミュレーションと実験結果を比較することにより確認する。パルス波形途中のスピン応答を逐次的に測定し、スピンダイナミクス解析を行うことによりスピン状態の時間発展とパルス波形の相互理解を深め、パルス波形デザインの高度化につなげる。 パルス制御技術の向上と併せて、パルス電子スピン共鳴において観測されるマイクロ波応答のスピンダイナミクスを観測する。詳細なスピンダイナミクスを観測・評価するために、線幅が狭く、スピン位相記憶時間の長い分子スピン系など、分子スピン系の電子状態評価と量子状態制御に有利な実験系を探索し、実験結果の精度の向上を目指すとともに、量子コントロールの高精度化を図る。
|