研究課題/領域番号 |
17H03024
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
椎名 勇 東京理科大学, 理学部第一部応用化学科, 教授 (40246690)
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研究分担者 |
中田 健也 島根大学, 学術研究院環境システム科学系, 准教授 (00434019)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 有機合成化学 / 速度論的光学分割 / 動的速度論光学分割 |
研究実績の概要 |
(1)アリールジプロピオン酸類の動的速度論的光学分割(DKR)法の開発研究:ラセミ2-アリールプロピオン酸のDKR法を活用し、オルト、メタ、あるいはパラ位に二つの置換基を有するアリールジプロピオン酸のDKRを実施した。その結果、オルト体は化合物自身が脱水縮合を起こすため基質として利用できないことが分かったものの、メタ体およびパラ体についてはジアステレオマーおよびエナンチオマー混合物であるアリールジプロピオン酸から高ジアステレオならびに高エナンチオ選択的に対応するアリールジプロピオン酸エステルが得られることが分かった。得られた化合物の鏡像体過剰率は99% ee以上であり、一段階の作業で光学的にほぼ純粋な化合物を入手可能とする新しい手段を開発した。さらに基質適用範囲の拡張を目的に二置換ナフタレン構造を有するアリールジプロピオン酸のDKRを行った場合にも、99% ee以上の鏡像体過剰率で目的とするアリールジプロピオン酸エステルが得られることが分かった。これらの手段を用い、精密な立体配置の制御を行うことで多置換光学活性化合物の一段階合成を達成し得る有効な方法を確立することができた。 (2)ラセミ2-フェニルグリシンをα-アミノ酸の構成要素とするDKR法の開発:非天然型光学活性アミノ酸として知られる(S)-および(R)-2-フェニルグリシンを、ラセミ体の原料から我々のDKR法で入手する手法の開発を試みたところ、アミノ基の保護基として広く用いられているBocやCbz等のカルバマート型の保護基を持った基質を用いると高エナンチオ選択的に不斉エステル化が進行し、目的とする光学活性な2-フェニルグリシンエステルを得ることができた。特に、脱水縮合剤と溶媒を兼ねてピバル酸無水物を採用することで高い立体選択性が実現することを明らかとし、高効率なDKRを実現した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の研究によって、種々の官能基を有するカルボン酸類の動的速度論光学分割(DKR)を試み、(1)アリールジプロピオン酸類の動的速度論的光学分割(DKR)法の開発、ならびに(2)ラセミ2-フェニルグリシンをα-アミノ酸の構成要素とするDKR法の開発、をそれぞれ見出すことができた。これらの検討では我々の研究室で開発した触媒ならびに反応試剤を適切に組み合わせることで反応の最適化を図り、本手段の有効性ならびに汎用性を幅広い基質で実証した。また、(2)で得られた特殊アミノ酸はいずれのエナンチオマーも不斉補助基の合成原料として利用されている。天然物や複雑な構造を有する高分子量化合物の全合成を行う際に、(S)および(R)型の不斉補助基を中間体の構造に組み込むことは必須であるため、光学活性な2-フェニルグリシン誘導体の新規製造法の確立は多方面への波及効果が期待される。例えば、新薬の開発研究に必要とされるリード化合物の大量合成時には、高価な不斉補助基の使用がボトルネックとなる。光学活性原料の大量製造を簡便に実施できる我々のDKR法は、不斉補助基の新たな供給手段として創薬の現場で役立つ可能性が高い。以上の最新の結果に加え、我々はこれまでの研究を通じて(3)2位にインドール環を含んだラセミプロピオン酸類を原料として用いたDKR法による光学活性な2-アミノ置換プロピオン酸類の簡便な供給法、ならびに(4)ラセミ体の2-アリールプロピオン酸のDKR法を用いた光学活性なドラグマシジンD合成中間体の簡便な供給法等を見出すことにも成功している。これらの具体的な検討結果と併せ、当研究グループでは本手法の有用性を複数の論文公表によって科学的に示しており、当初計画したロードマップに沿って着実に研究成果が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
次年度も引き続き速度論的光学分割(KR)ならびに動的速度論光学分割(DKR)を用いて、下記項目等の光学活性化合物ならびに複雑な構造を有する生物活性化合物を生産する手段の開発に取り組む。 項目(1)キノール型構造を有するラセミ第2級ベンジル性アルコールの速度論的光学分割を利用した天然薬理活性物質の合成研究:これまでに開発した光学分割法を活用して天然ラクトン等の光学活性体を得るためには、水酸基以外の官能基の存在下、あるいは複数の水酸基の存在下で反応を実施する必要がある。近年特に注目を集めているポリフェノール類の近縁化合物であるキノール構造を含んだラセミ第2級ベンジル性アルコールの速度論的光学分割を実施できれば、抗腫瘍活性,抗菌活性,ならびに抗ウイルス活性を有する天然物の供給が可能となる。本項目では我々の手法を1,3-ジオール構造を有するキノール型ラセミ第2級ベンジル性アルコールへ適用し、これらの光学活性体を効率良く得る手段の開発を試みる。 項目(2)ビオールアセオイド類の不斉全合成:項目(1)の完成後、その応用例として天然キノール類の一種であるビオールアセオイド類の合成研究に取り組む。ビオールアセオイドA~Fは京都市嵐山に生息する苔の寄生菌から単離され、その存在が本学菅原らにより報告された化合物群である。中でも、ビオールアセオイドA,B,およびCはキノール型構造を有する特徴を持ち、かつビオールアセオイドBは第2級ベンジル性アルコールでもある。そこでビオールアセオイドBを合成標的として設定し、その不斉全合成を試みる。手段としてはまず、対称ジオールの非対称化反応を利用して鍵中間体である第2級アルコールを調製し、その速度論的光学分割を実施する予定である。項目(1)手段がこの中間体に適用できれば、抗腫瘍活性を有するビオールアセオイドBの大量供給手段が確立できるものと期待している。
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