多環芳香族炭化水素 (PAH) は半導体や発光材料として有用な化合物であり、グラフェンやカーボンナノチューブなどナノカーボン材料の部分構造であることから、有機エレクトロニクス材料への応用が期待されており、近年盛んに研究されている。 今年度は高い蛍光量子収率を有するピレンの特性を活かして、効率的な共役拡張を伴った大環状分子の開発に挑戦した。ジブロモピレンを原料とし、ニッケルを用いた山本反応により一連の環状ピレンCPnをワンポットでの合成に成功した。環状オリゴマーのみが得られていることを高分解能質量分析により19量体まで確認した。この中で環状3~8量体は単離に成功し、特性評価の結果、π共役拡張による吸収スペクトルの長波長シフトが確認できた。さらに、それぞれの環サイズに応じて独自の化学を明らかにした。 立体的な混み合いから生成が難しいと考えられていた環状3量体CP3の単離に成功し、単結晶X線構造解析により高度に歪んだ構造であることを明らかにした。また、一連の環状ピレンの蛍光は、ジクロロメタン中で約460 nmの青色の発光を示すが、CP3のみは特に長波長化した599 nmのオレンジ色の発光を示した。CP3は通常堅牢な平面分子であるピレンが外向きに反るほどの束縛があり、ピレン間の強力な電子的相互作用を引き起こし、これまでに報告された全ピレン系発光団の中で最も長波長シフトした。さらに、CP3は室内光下で一重項酸素と反応し、時間経過とともに481 nmの水色発光を示す化合物に定量的に変化することを見出した。生成物の単結晶X線構造解析より、炭素-炭素結合間に酸素原子が挿入したCP3Oであることを明らかにした。これは、高歪みを解消するエネルギーが反応の駆動力であり、金属を用いないビアリールの炭素-炭素単結合開裂による直截的な酸素の挿入の初めての例である。
|