研究課題/領域番号 |
17H03086
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
平川 和貴 静岡大学, 工学部, 教授 (60324513)
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研究分担者 |
村上 浩雄 浜松医科大学, 医学部附属病院, 助教 (10432212)
金山 尚裕 浜松医科大学, 医学部, 理事 (70204550)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 光線力学的療法 / ポルフィリン / 電子移動 / タンパク質損傷 / 細胞毒性 / 抗腫瘍活性 / がん選択性 / 活性制御 |
研究実績の概要 |
がん細胞選択的に長波長可視光照射で治療効果を示す光増感剤を創成することを目標に研究を進めた。光増感剤の注射と内視鏡による可視光照射でがんを治療する光線力学的療法は、活性酸素によるがん細胞の酸化を原理としているため、低酸素状態のがんには効果が限られている。 そこで、酸素がなくても電子移動で酸化ダメージを与える光増感剤を設計し、メソ位をメトキシ基で置換したポルフィリンのリン錯体を設計し、合成した。その内、3種類は臨床応用で必要な波長630 nm以上を吸収し、およそ650 nmの可視光照射下でタンパク質のアミノ酸残基を酸化損傷することを確認した。そのメカニズムを分光学的に解析し、ほぼ電子移動のみで作用していることを確認した。 培養細胞レベルの実験では、ヒト皮膚由来の正常細胞モデルに対して、ほとんど光毒性を示さなかったが、ヒト子宮頚部がんと肺がんに由来する細胞には、顕著な光毒性を示した。また、子宮頚部がんに由来する腫瘍をマウス皮膚に移植し、これらの光増感剤の効果を評価した。内一つの光増感剤は、比較的速やかに排出され、正常組織と腫瘍組織との差別化が3倍以上であった。また、可視光照射による抗腫瘍作用は、従来の光増感剤タラポルフィンナトリウムによりも優れた作用を確認した。 同様の光増感剤を用いて、酵素活性を阻害することを明らかにした。そのメカニズムには、本研究の目標としている電子移動が主に寄与していることを証明した。 また、上記ポルフィリンをベースにpHで活性制御可能となる光増感剤を設計、合成した。がん細胞内は、正常細胞内よりもわずかに酸性(低pH)であることを利用し、がん選択性を実現するアプローチである。合成した光増感剤の光化学的物性評価により、活性酸素生成作用や電子移動を引き起す作用は、pHで制御できることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、長波長可視光を吸収して電子移動で作用するがんの光線力学的療法用光増感剤の創成である。最終的には、副作用なく、従来よりも高い腫瘍選択性(がん細胞選択性)をもち、効率的に治療可能な光増感剤の開発を目標とする。 まず、これまでに合成したリンポルフィリン誘導体の光増感剤は、臨床で要求される波長630 nm以上の可視光を吸収して、およそ目標の波長となる650 nm程度でも応答でき、電子移動でタンパク質の光酸化作用を示した。当該年度に合成した光増感剤の研究により、目標となる波長を決める因子が明らかとなり、まず必要となる波長の目標は、ほぼ達成できたといえる。 続いて、これらの中で3種類の光増感剤は、ヒトの皮膚に由来する不死化細胞(正常細胞モデル)には、ほとんど光毒性を示さなかったが、がん細胞モデルとなる子宮頚部がんと肺がん由来の培養細胞には、顕著な光毒性作用を示した。特に、一つの光増感剤(ポルフィリンの中心リン原子にメトキシ基を結合したタイプ)では、子宮頚部がん細胞に対する半致死量が極めて小さくナノモル/リットルのオーダーであった。このようにがん細胞選択的に、極めて低濃度で作用することを証明できた結果は、予定以上の成果といえる。さらに、これらの光増感剤は、マウスに移植した子宮頚部がん由来の腫瘍に対して、優れた選択性を示し、従来で最高レベルといわれる光増感剤(タラポルフィリンナトリウム)と同程度かそれ以上の抗腫瘍作用を示すことを観測した。特に、一つの光増感剤(ポルフィリンの中心リン原子に塩素原子を結合したタイプ)は、マウス皮膚よりも腫瘍への集積濃度が3倍以上高く、取込においても高い選択性が観測された。 本研究の最終的な目標は、がん選択的な光治療法の開発であることから、以上の成果は、「当初の計画以上に進展している」と自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の目標は、より治療効果が高い長波長域に応答し、電子移動機構で作用する光増感剤を実現することである。さらに、腫瘍(がん)選択性を向上した光増感剤を開発する。これまでの研究で、がん細胞や腫瘍選択性に優れる光増感剤の確認ができた。その選択性のメカニズムには、不明な点もあり、それを解明することで、さらに選択性に優れた光増感剤の開発が可能になると考えられる。そこで、次の推進方策を考えている。 まず、リンポルフィリンの置換基効果から、長波長応答性の限界を決める因子を明らかにする。これまでにポルフィリン環へのメトキシ基等の修飾位置で長波長化を引き起こすことがわかってきた。酸化力を維持したまま長波長化を可能とする置換基を検討する。 次に、リンポルフィリンの多量体を合成し、長波長化とがん細胞選択的な集積作用を検討する。大きな電子系のポルフィリンが吸収波長の長波長シフトに有効であり、がん細胞への取込促進も期待できるためである。 積極的ながん選択性実現のため、pH応答性を利用した活性制御を推進する。これまでの研究で、電子ドナーを利用した活性制御を試みてきたが、酸化還元電位の違いが顕著に影響するため、昨年度までの電子ドナーよりも活性制御に適すると予測される還元性が高い置換基を検討する。電子ドナーが光増感剤の水溶性を低下させる場合があったので、アミノ基等を結合した水溶性向上にも効果がある置換基を検討する。リンポルフィリン以外でも可能性があるポルフィリンや電子ドナーの結合位置を変えることで、さらに鋭敏な活性制御を検討する。 分子レベルで優れた作用を確認できた光増感剤は、培養細胞レベルで評価する。細胞レベルでは、活性制御を決める因子が複雑になるため、基礎物性との相関の解析やシミュレーションによる研究も併用する。これらの研究で、効果が確認でき、自信をもてる光増感剤を用いることで動物実験による評価を検討する。
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