シトクロムP450(P450)は,アルカンなどの不活性有機基質の水酸化反応を触媒することから,高難度水酸化反応への応用が期待されているが、酸化活性種の生成には、高価な還元剤のNAD(P)Hが必須であり物質合成への適用はコスト的に見合わないと考えられてきた.安価な過酸化水素を利用可能なシトクロムP450を改変することによって,不活性有機基質を高効率に水酸化するとともに高い位置立体選択的反応が可能なバイオ触媒システムの開発を試みた.過酸化水素駆動型シトクロムP450であるP450BSβやP450SPαなどのCYP152ファミリーに属するP450は、過酸化水素を利用可能なP450であるが、基質に対する選択制が高く、対象とする基質以外の酸化反応活性は著しく低い。P450BSβやP450SPαは、長鎖脂肪酸の水酸化酵素であり、長鎖脂肪酸のカルボキシル基が過酸化水素を用いる酸化活性種の生成反応において、プロトンの受け渡しを行う一般酸塩基触媒として機能するため、長鎖脂肪酸に対して高い選択制を示す。過酸化水素駆動型P450によく保存されているヘム近傍のアルギニンをリジンに置換すると、スチレンやメトキシナフタレン、ベンゼンなどを酸化できるようになることを本研究で明らかにした。また、アルギニンをリジンに置換した変異体の結晶構造を明らかにした。過酸化水素濃度を上げた長鎖脂肪酸の水酸化反応では、脂肪酸の脱炭酸反応が進行することなども報告した。さらに、過酸化水素の分解反応であるカタラーゼ活性を調べ、P450BSβやP450SPαがカタラーゼ活性を持ち、長鎖脂肪酸よりも鎖長の短いアルキルカルボン酸の存在下では、カタラーゼ活性も促進されることなどを明らかにした。
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