研究課題
本研究では独自の直接接合技術による導波路構造と分極反転のサンプリングによるアポダイズ構造を持つPPLNを用いた広帯域中赤外光技術をデュアルコム分光法へ応用し、中赤外波長域の強い吸収を活かした、各種ガス分子の広帯域な指紋スペクトルの一括計測を目指して研究を進めている。 平成30年度は導波路型の波長変換素子によって得られる中赤外光を各種のガスの分光に応用する場合の本質的な問題点である、ファブリペロー共振による透過率の周期的変動に対する検討を行った。高精度の波長可変レーザを用いて、変換効率の波長依存性を計測したところ、光周波数にして約1.4GHzの間隔で変換効率の変動が確認された。本研究に用いるモード同期ファイバレーザの繰り返し周波数で決まるデュアルコム分光の周波数分解能は数10MHz程度である。従って、適切な信号処理による周期的変動の影響の抑制が期待できる。測定した波長特性に移動平均によるフィルタリングを施したところ、周期的な透過率変動の影響を大幅に軽減できることを確認した。さらに広帯域中赤外光を用いてラベンダーの香りの主成分として知られているリナノールの吸収スペクトルの計測を試み、リナノールの蒸気圧の条件下で初めて吸収スペクトルの計測に成功した。さらに波長変調分光法によるリアルタイムセンシングの可能性を検討した。波長変調分光においてはピーク強度は吸収線幅と光源の変調幅が同程度のときに最大となる。光源の変調幅をリナノールの吸収幅に合わせることにより、より急峻な水の吸収ピークの影響を小さくしながら、リナノールの吸収ピークを明瞭に観測できることを見出した。さらに安定的なデュアルコム分光実現のためファイバレーザの周波数安定化の検討を行い、EOM挿入による絶対周波数の高速制御の検討、分散制御によるモード同期安定条件の明確化、高調波を用いたPLLによる繰り返し周波数安定性の向上を進めた。
2: おおむね順調に進展している
分極反転のサンプリングによるアポダイズ構造を持つPPLNによる広帯域波長変換素子の作製・モジュール化とその応用については当初計画どおりに進展している。導波路型の波長変換素子の本質的な問題である、導波路端面反射による透過率波長依存性の周期的な変動についても、変動周期に比して十分な波長分解能でスペクトルを計測し、適切な信号処理を行うことで大幅な軽減が可能であることを確認した。さらに比較的分子量の大きな炭化水素系ガスとしてリナノールおよびトルエンを取りあげ、上記の波長変換技術を活用して3um帯における広帯域吸収スペクトルの計測に成功している。特にリナノールに関しては、波長変調分光法による2階微分スペクトルの計測を行い、変調幅を適切に設定することにより、大気中の水による吸収ピークの影響を避けながら、リナノールの吸収強度を計測する方法を見出している。これはリナノールの濃度をリアルタイムに検出する技術に発展しうる知見である。また、中赤外レーザを用いた化学物質のリアルタイム計測の有用性の検証に関しては当初計画どおり順調に研究が進展している。シックハウス症候群の原因化学物質の1つであるホルムアルデヒドの空気中濃度とマウス・ラットの生体反応の相関関係の検証を既に行い、ホルムアルデヒドへの暴露条件を3um波長変換光源を用いてモニタリングし、マウスの眼球運動計測と比較した結果、視運動性 眼球反応 (OKR)が時間の増加とともに減少することが確認でき、レーザによる環境計測の有効性を確認している。デュアルコム分光法の測定系の整備については、レーザの筐体の見直しや恒温槽の導入、分散制御によるモード同期安定条件の明確化、高調波を用いたPLLによる繰り返し周波数安定性の向上、EOM挿入による、絶対周波数の高速制御の検討などを進めており、レーザの安定性は研究開始当初に比べて格段に向上している。
(1)広帯域中赤外デュアルコム分光によるガス吸収スペクトルの高速一括測定の実現これまでの検討によりファイバ型波長変換モジュールを用いて、3um帯における広帯域中赤外光の発生を実現した。今年度はファイバレーザの周波数安定化技術を完成させ、デュアルコム分光法による広帯域スペクトル測定技術を確立する。(2)ディジタル信号処理を利用した波長変換素子の透過率変動による信号歪の抑制本研究で使用する導波路型の波長変換素子は高い変換効率が得られる反面、端面の反射を無反射コートによって完全に除去することが困難であり、ファブリペロー共振によって透過率の波長依存性に周期的な変動を生じる課題がある。これまでの検討により、光スペクトルを計測する際の周波数分解能を100MHz以下とすることで、周期的変動を十分な分解能で捉え、さらに平均化による透過率変動の抑制が可能であることが分っている。本研究に用いるデュアルコム分光法の分解能を決定するファイバレーザのモード間隔は数10MHz程度であるため、上記の周期的変動を十分に計測することが可能であると予想される。本年度はディジタル信号処理による透過率の周期的変動の補正方法を検討し、デュアルコム分光法における信号歪の抑制法を確立する。(3)高分子量ガスの高感度検出と医療応用へ向けた有効性の検証これでの検討により、比較的分子量の大きな炭化水素系ガスとしてトルエンおよびリナノールを取り上げ、その3um帯における広帯域吸収スペクトルの計測を実現している。特にリナノールに関しては認知症の改善に効果があることが知られており、その濃度のリアルタイム計測が強く求められている。今年度はこれまでの広帯域中赤外発生技術を利用して、リナノールのリアルタイム計測の実現可能性を明らかにする。また、これと平行して従来より検討してきたホルムアルデヒド濃度と生体反応との相関関係の検証を行う。
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Neuron
巻: 99 ページ: 985-998