研究課題
炭素線がん治療では、高エネルギーのイオンビームを使用するため、高エネルギー原子核反応から放出される二次粒子による晩発影響を評価する方法の開発が急務となっている。正常組織が受ける被ばく量を計算するには二次粒子の生成量や放出角度を与える二重微分断面積が必要となるが、現在は測定データが全く不足しており、また理論的に予測するための反応模型は予測精度が著しく低い状況となっている。本研究では、炭素イオン等による原子核反応の理論模型の確立を目的として、炭素線がん治療において典型的な原子核反応の二重微分断面積を測定すると共に、申請者らが世界で初めて成功したα粒子原子核反応模型を改良・発展させる。実験の際には、ターゲットは人体構成元素に限らず幅広く選択し、ビームエネルギーも広い範囲で選ぶ。また、放出粒子は陽子から炭素イオンまでの範囲で可能な限り全ての放出粒子を全エネルギー範囲で測定して、反応機構を明らかにして信頼性の高い核反応模型を確立する。開発した核反応模型は粒子輸送コードに搭載して、高精度の線量計算を可能にする。以上を背景として、実験と理論の両面の研究を行った。実験研究では、高エネルギー重イオン検出器の開発が完了し、LiイオンからCイオンまでの高エネルギー重イオンの測定が可能となったため、エネルギー100MeV/uの炭素イオンを標的(炭素、アルミニウム、コバルト)に照射し、原子核反応により生成されるLiイオンからCイオンまでの各粒子生成に対する二重微分断面積の測定実験を行った。また、α粒子を入射粒子とする原子核反応実験も実施して、各種標的について二重微分断面積データを得た。理論研究では、昨年までに取得した実験データを用いて核反応モデルの構築と検証を行い、ブレークアップ反応や後方放出など核反応機構に関する理解を深め、理論計算による実験データ再現性を高めることに成功した。
2: おおむね順調に進展している
今年度は重イオンがん治療二次被ばく計算の精度向上に向けて実験と理論両面の研究を行った。実験では炭素イオン、α粒子を入射ビームとして用いた実験を行った。炭素イオン、α粒子はビームエネルギー100MeV/uであった。α粒子入射反応実験では、測定した反応放出粒子は陽子、重陽子、三重陽子、ヘリウム3、α粒子であり、測定角度は30度から120度まで4点であった。炭素イオン入射反応実験では、測定した反応放出粒子は陽子から炭素イオンまでであり、測定角度は20度から90度まで4点であった。標的としては炭素、アルミニウム、コバルトを用いた。過去に測定されたデータを含めて系統性を調べた所、高い精度でデータを確定する事ができたと考えている。特に炭素イオン入射反応重イオン測定実験に向けて開発した重イオン用測定器が期待した性能を発揮できたため、世界で初めての20度以上の大放出角で二重微分断面積測定に成功することが出来た。二次粒子による健康組織の被ばく計算において重要であることから、今回得ることが出来たデータは極めて貴重であり、反応機構の解明につながると期待される。理論面では、α粒子入射反応の全チャネルをカバーする非弾性ブレークアップ理論模型を提案し、その成果は原著論文として投稿して受理・公開されているが、この模型が高エネルギー領域でも有効であるかは大変興味深い。今年度取得したデータについてパラメータ値を変更することで良い一致が得られる事が分かった一方、幾何学的な衝突条件との整合性が困難であることが明らかとなり、模型の修正の必要性が分かった。さらに弾性ブレークアップ過程での、エネルギーおよび運動量保存のアルゴリズムの精度改善は大きな影響がある事を確認した。
これまでに行った実験で取得したα粒子入射反応の二重微分断面積データは確定し、原著論文として公開を急ぎたい。特に弾性および非弾性ブレークアップの寄与を計算の支援により明確化することが反応機構を理解する上で極めて重要であることから、この点に着目して原著論文をまとめたい。一方、炭素イオン入射反応の実験では入射エネルギー100MeV/uで、陽子から炭素イオンまでのすべての範囲で二重微分断面積データの取得に成功することができた。実験面はほぼ計画通り研究は推進できている。今後の実験研究の推進は炭素イオン入射反応からの各種イオン生成二重微分断面積データの測定を、より高い入射エネルギーにおいて実施していく。入射エネルギーが高くなると反応の多重度が大きくなりバックグランドが強まることが予想されるため、特に収量の少ない重イオン測定に備えてバックグランド低減の方策を十分に検討して準備を行う必要がある。HIMACにおける治療で用いられる最大エネルギーは230MeV/uであり、2倍以上も高いためシミュレーション計算により効果的なバックグランド対策を立てて準備を進めていく。一方、理論研究では炭素イオン入射反応のブレークアップ過程におけるエネルギー・運動量保存の取り扱いを変更して計算精度を上げると共に、クラスターブレークアップの運動学計算の精度向上も進める。さらに粒子多重放出に対するアルゴリズムに対応するような炭素イオン入射反応への適用を可能にする。このため、終状態チャネルの増大に伴う入射粒子の分解過程のカギとなる物理量を明確化すると共にプロセスの整理と最適化を図る。以上の作業を進め、新しい実験データによるパラメータ探索・調整の作業を進めて行く。更に、炭素イオンだけでなく他のイオンに対しても適用可能とするようにアルゴリズムの一般化を進めていく計画である。
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