ヒトをはじめとする多細胞生物では細胞同士の協調が重要であり、そのための細胞間情報伝達機構が高度に発達している。開口放出機構はホルモン、神経伝達物質、酵素などといった様々な化学物質が細胞から放出される際に用いられる共通の分泌機構であり、この機構に異常が生じると精神・運動疾患、糖尿病、アレルギーなどの様々な疾患を引き起こすため、その全貌を明らかにすることはこれらの病態メカニズムの理解や治療戦略の開発にもつながる重要な基礎研究である。 申請者は生体内の数ある分泌現象の中でも最も速い、中枢神経からの開口放出に着目して研究を行った。申請者らは前年度までに発達に伴う伝達物質放出機構の機能変化を詳細に調べるために標本を模索し、生後に顕著なシナプス形成とそれに続くシナプス刈り込みが生じる内側毛帯線維と視床後内側腹側核の間のシナプスに着目して研究を行った。実験の結果、シナプス前終末における発達・経験依存的な開口放出機構の可塑的変化が分かった。本研究で注目した内側毛帯線維と視床後内側腹側核の間のシナプスでは、発達初期では様々な体性感覚由来の入力線維が混在しているが、発達に伴ってヒゲ感覚入力を司る内側毛帯線維のみが選択的に強化され、それ以外の感覚を司る線維は除去されていく。そこではマウス遺伝学・ウイルスベクターを駆使することによってヒゲ感覚入力線維とそれ以外の線維を個別に蛍光標識し、それぞれのシナプス前終末における発達・経験依存的な開口放出機構の可塑的変化を解析した結果、両者の可塑的変化の共通点と相違点を明らかにすることに成功した。さらに、相違点の機能的側面を詳細に定量化してその違いの基盤となっているシナプス小胞動態の違いについての仮説を提示した。
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