研究課題/領域番号 |
17H03627
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研究機関 | 酪農学園大学 |
研究代表者 |
佐藤 喜和 酪農学園大学, 農食環境学群, 教授 (60366622)
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研究分担者 |
中下 留美子 国立研究開発法人森林研究・整備機構, その他部局等, 研究員(移行) (00457839)
石橋 靖幸 国立研究開発法人森林研究・整備機構, その他部局等, 主任研究員 等 (80353580)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 個体群の空間構造 / アトラクティブ・シンク / 普通種の管理 / 安定同位体 / DNA多型 / カメラ・トラップ / 非侵襲的モニタリング / 背擦りトラップ |
研究実績の概要 |
近年北海道では人とヒグマの軋轢が増加しており,その管理が大きな課題となっている。軋轢対策としての駆除数は戦後最高水準に達しているが,軋轢が低下する様子は見られない。原因として,軋轢が生じる場所と隣接する分布周縁部がアトラクティブ・シンク化しているという仮説を立てた。分布周縁部はヒグマにとって駆除リスクが高いにも関わらず,農作物や駆除されたシカの死体など人由来の質の高い資源が分布しているため,ヒグマが誤った生息地選択によって分布中心部から非適応的な移動・分散を続けてしまうという仮説である。この場合,周縁部で駆除を続けても中心部から別個体の補充が繰り返されるだけで,軋轢は個体群全体の密度が大きく低下するまで減少しない。周縁部の軋轢は減少していないのに,中心部の生息数はすでに減少し始めている可能性もある。継続的な駆除が個体群の空間構造やヒグマの行動にどのような影響を及ぼしているか1)行動生態,2)同位体生態,3)遺伝生態の各手法から検討した。 1)カメラ・トラップによる個体群モニタリングにより,性齢クラス別の空間構造を見ると,子連れメスは分布中心部に多く分布しており,オス成獣は全域に分布していた。分布周辺部では駆除が進み繁殖メスが減少している可能性が考えられた。 2)安定同位体解析を用いたヒグマの食性分析では,まず採食資源の分析を行った。新たに同位体比で識別を試みた農作物ビートについては,他の食物と区別することができなかった。今後脂肪酸分析などの手法も用いて,人由来の資源利用を検出する方法を検討する。 3)有害駆除されたヒグマの体組織試料を用いて分析を行った。mtDNA多型解析から,農地周辺にあたる個体群分布周縁部へ,中心部だけでなく辺縁部からも個体の移動が確認され,周縁部のアトラクティブ・シンク化が裏付けられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)背擦りトラップとカメラ・トラップによる個体群モニタリングにより,阿寒白糠地域個体群に前年度よりも多くのヒグマが確認された.2016年が秋の主要採食資源であるミズナラ堅果の豊作年であったため,多くのメスが出産したこと,2017年は凶作年であったために全体にヒグマの行動が活発であった可能性が考えられた。9-10月の性齢クラス別の空間構造を見ると,子連れメスは分布中心部に多く分布しており,オス成獣は全域に分布していた。分布周辺部では駆除が進み繁殖メスが減少している可能性が考えられた。 2)安定同位体解析を用いたヒグマの食性分析では,まず採食資源の分析を行った。森林内の草本類やベリー類,堅果類に比べ,デントコーンやスイートコーンの炭素安定同位体比が高いこと,アリ類やエゾシカの窒素安定同位体比が高いことが確かめられた。旧来の知見を本調査地においても確認できたこととなる。新たに同位体比で識別を試みた農作物ビートについては,森林内植物よりも高い窒素安定同位体比を示す試料もあったが,森林内植物と同程度の値を示す試料もあるなどばらつきが大きく,また動物質資源の値とも近いことから,ヒグマによるビート利用の検出はできなかった。ヒグマの食性については,分析に用いる被毛回収を進め,分析を開始している。森林内の植物を利用する個体,夏にトウモロコシを利用する個体,春から初夏に動物質資源を利用する個体の3パターンが検出された。 3)背擦りトラップから回収された被毛試料,有害駆除されたヒグマの体組織試料を用いて分析を行った。体組織資料によるmtDNA多型解析からは,農地周辺にあたる個体群分布周縁部へ,分布中心部だけでなく分布辺縁部からも個体の移動が確認され,周縁部のアトラクティブ・シンク化が裏付けられた。被毛試料のマイクロサテライト多型解析により,個体識別を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
1)背擦りトラップとカメラ・トラップによる個体群モニタリングを次年度も継続して実施する必要がある。今年度の成果から導かれる予測では,2018年には確認個体数,繁殖メス数が減少するはずである。また個体群内の性齢クラス別分布についても,継続モニタリングを行い,人との軋轢の結果継続的な駆除が行われている分布周縁部で繁殖メスが少ない傾向が継続してみられるかどうか検討する。 2)安定同位体解析を用いたヒグマの食性分析では,次年度は脂肪酸組成分析を行い,動物質資源との区別ができないか検討する。今後,こうした食性パターンと血縁度の関係を検討する予定である。ヒグマの食性については,分析に用いる被毛回収を進め,分析のペースをあげる。 3)DNA多型解析については,背擦りトラップから被毛試料の回収を続け,同時進行で分析を行う。分析成功率を高めるために,試料回収をより短期間高頻度で行うこと,少量の被毛から効果的にDNA抽出するための手法検討も行いながら分析作業を続ける。 4)アトラクティブ・シンク化により,継続的な駆除を行っているにもかかわらず軋轢が減少せず,また個体群の空間構造に変化が生じているような地域が本調査地以外にも見られないかどうかを検討するため,北海道におけるヒグマ捕獲統計を用いて地域別捕獲動態の時系列変化に関する解析を行い,検出された各パターンに共通する景観要素を検討する。
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