研究課題/領域番号 |
17H03663
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
木下 正弘 京都大学, エネルギー理工学研究所, 教授 (90195339)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 膜蛋白質 / アミノ酸置換 / 耐熱化 / G蛋白質共役型受容体 / ロドプシン |
研究実績の概要 |
(1)G蛋白質共役型受容体(GPCR)の耐熱化に繋がるアミノ酸置換の理論的同定法の確立に向けて我々が開発した自由エネルギー関数は,エネルギー成分(構造形成に伴う,主としてGPCRの分子内水素結合形成に起因する静電相互作用エネルギーの低下量)とエントロピー成分(構造形成に伴う,膜を構成する炭化水素基集団の並進配置エントロピーの増加量)から成る。これと,構造形成に伴うGPCRの構造エントロピー損失との競合でGPCRの熱安定性を記述する。そのうちのエネルギー成分に改良を加えた。 (2)上記の理論的同定法を野生型の立体構造が不明である場合に拡張した。アミノ酸配列の相同性が高くかつ立体構造が分かっているものを鋳型として,広く使われているホモロジーモデリングを用いて野生型のモデル立体構造候補を複数個作成する。そして,それらの中から我々が開発した自由エネルギー関数が最低になる構造をモデル立体構造として選定する。的中率は相同性の高さに大きく依存するが,A2aRの不活性型(実測された野生型の立体構造はわざと使用しない)では5/7と極めて高かった。 (3)我々のこれまでの解析で,各GPCRに対し,「それを置換して得られる変異体の多くが大きく耐熱化する」という残基が存在することが分かってきた。それを鍵残基と呼び,1つのGPCR当たり複数個存在する。さらに,数多くのGPCRに保存され共通に鍵残基となる残基(ホットスポットと呼ぶ)の存在も見出した。クラスAの不活性型GPCRのホットスポットを1個(BW数3.39の残基)発見し,その有効な置換を予測して合計8種類のGPCRの耐熱化に成功した。そのうちの2種類については結晶化と立体構造決定に成功した。 (4)ホットスポット以外のアミノ酸を置換する方がより大きな安定化に繋がる場合がある。そのような場合にも,我々の方法が有用になることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
クラスAのGPCRの不活性型に対して,allesteros-Weinstein (BW)数3.39の残基がホットスポットの1つであることを特定できた。それをアルギニンまたはリジンに置換することにより,A2aR,muscarinic acetylcholine receptor 2 (M2R)(ムスカリン性アセチルコリン受容体),prostaglandin E receptor 4 (EP4)(プロスタグランジン受容体)EP4などの数種類のGPCRの安定化に実際に成功した。そのうち,M2RとEP4に対しては,選択的アンタゴニスト結合型の立体構造を決定することができ,その成果が後に2件のNature Chemical Biology誌に掲載された。日経産業新聞(見出し:受容体の耐久性向上と日刊工業新聞(見出し:多くの医薬品の結合標的たんぱく質耐熱化法を発見)にも報道された。数多くのクラスAのGPCRの不活性型が,BW数3.39の残基のアルギニンまたはリジンへの置換によって共通に安定化できることになり,画期的な成果である。
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今後の研究の推進方策 |
(1)G蛋白質共役型受容体(GPCR)の耐熱化に繋がるアミノ酸置換の理論的同定法の確立に向けて我々が開発した自由エネルギー関数は,現在までにクラスAの不活性型の安定化において多くの成果を挙げてきたが,活性型に対してはまだ実績が無い。自由エネルギー関数の活性型への適用性を調べるため,手始めに,A2aRの野生型と試行錯誤的に他の研究グループが得た安定化4置換体の活性型に対し,後者の方が確かに安定であることを示せるか否かを検討する。必要に応じて理論の改良を行う。 (2)上記の理論的同定法をGPCR以外の一般の膜蛋白質にも適用できるように拡張する。GPCRでは,蛋白質の安定性は膜内部位の安定性に支配されているが,一般の膜蛋白質では,膜内部位のみならず水中部位も安定性に大きく寄与するものと考えられる。両方の部位を考慮した新しい自由エネルギー関数を構築する。 (3)TR (thermophilic rhodopsin)は膜蛋白質としては例外的に高い熱安定性を持つ。TRとXR (xanthorhodopsin)は高いアミノ酸配列相同性と立体構造の類似性を有するにも拘わらず,TRの熱安定性はXRのそれよりも遥かに高い。(2)で構築した自由エネルギー関数を用いて,TRの方が遥かに安定であることを示せるか否かを検討する。 (4)GPCRのように本来安定性の低い膜蛋白質の安定化と異なり,TRのようにアミノ酸配列がほぼ最適化された膜蛋白質を本来の機能を保持させつつ安定化することは非常に難しいと考えられる。後者に対して有効と考えられる別の耐熱化アミノ酸置換の理論的同定法を考案し,それをTRに適用することにより,機能を保持させつつより安定にする単置換を予測し,このことを実験で確認する。 (5)(3)および(4)で用いる理論は類似している。理論解析結果と実験結果が合わない場合には理論の改良を行う。
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