生命機能の根幹を支えるミトコンドリアは、細胞内で絶えず融合と分裂を繰り返すダイナミックなオルガネラである。この「ミトコンドリア・ダイナミクス」の破綻は、生命の高次機能にさまざまな悪影響を及ぼし、特にヒトにおいては多様な疾患や病態と深く関係する。本研究の目的は、ミトコンドリア・ダイナミクスの分子機構を解明することにあり、この動的な細胞内における生命現象を生物物理学的に理解することで新たなミトコンドリア像の基盤確立を目指した。 最終年度は、ミトコンドリア・ダイナミクスの調節に関与するタンパク質群の中で特にプロヒビチンの役割に関する研究を中心に行った。初めに、ヒトやマウス由来の培養細胞からミトコンドリアを分画し、プロヒビチンの相互作用因子を網羅的に調べたところ、多くのミトコンドリアタンパク質と相互作用していることが明らかになった。次に、大腸菌による組換えプロヒビチンの発現系を構築し、その後、精製された組換え体の立体構造解析を行った。その結果、プロヒビチンのC末端領域に存在するコイルドコイルドメインがホモ二量体を形成していることを発見した。得られた結晶構造から表面電荷を計算したところ、複数の酸性アミノ酸から形成される負電荷のクラスターがプロヒビチン内に存在していることを確認した。そこで、この電荷を相殺するようなアミノ酸置換を導入したプロヒビチン変異体を作製し、再び培養細胞を用いた機能解析を行ったところ、変異体ではプロヒビチンの複合体形成が行われていないことを確認した。以上のように、プロヒビチンは、ミトコンドリア内で多くのタンパク質の足場として働き、ミトコンドリア機能を支えていることを明らかにすることが出来た。
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