研究実績の概要 |
多細胞生物体において、異常な細胞を認識して積極的に組織から排除するsurveillanceシステムが、器官形成や恒常性維持に重要な役割を果たすと考えられているが、その分子機構や生理機能についてはいまだ不明な点が多い。我々のグループはこれまで、上皮に生じたがん原性の極性崩壊細胞を組織から排除する分子機構について、ショウジョウバエをモデル系として解析してきた。その過程で、神経細胞の軸索ガイダンスに関わるリガンドー受容体システムSas-PTP10Dが上皮に生じた極性崩壊細胞の認識する上で、Slit-Roboが極性崩壊細胞を組織から排出(extrusion)する上で機能していることを明らかにしてきた。そこで本研究では、Sas-PTP10DおよびSlit-Roboシステムに着目し、「細胞認識を起点としたSurveillanceシステム」が機能する組織・時期を探索した。その結果、翅成虫原基(将来、翅のブレード領域を形成する幼虫期の組織)に導入された物理的損傷が修復される過程において、Sas-PTP10DおよびSlit-Roboシステムがいずれも重要な役割を果たしていることが分かった。興味深いことに、創傷付近においてSlitの発現がJNKシグナルに依存して上昇している様子が観察された。また、Slit-Roboシステムを遺伝学的に破綻させると、創傷治癒の間で生じた死細胞が組織から排出されずに成虫原基にとどまること、および、この排出されずに組織中にとどまった死細胞が分泌性の増殖因子Dpp(BMPホモログ)やWingless(Wg; Wntホモログ)を過剰に産生し、損傷修復を著しく阻害することが分かった。これらの結果から、Slit-Roboシステムが、死にゆく細胞を速やかに組織から排除し、それにより、死にゆく細胞から分泌される細胞増殖因子の量を適正に制御して組織修復に貢献していることが明らかとなった(Iida, Ohsawa et al., Sci. Rep., 2019)。
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