研究課題/領域番号 |
17H03681
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
川原 敦雄 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (10362518)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ゲノム編集技術 / CRISPR/Cas9 / スフィンゴシン-1-リン酸 / S1P受容体 / spns2 |
研究実績の概要 |
スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は、細胞内のスフィンゴシンをスフィンゴシンキナーゼ(Sphk1とSphk 2)がリン酸化することにより生成される脂質メディエーターである。哺乳類のS1Pは、生体内において細胞の増殖やリンパ球の移動などを制御していると考えられているが、形態形成過程におけるS1Pの機能は不明な点が多い。スフィンゴシンキナーゼは酵母、ショウジョウバエから哺乳類まで保存されているが、S1P受容体(S1PR)は脊椎動物でのみ同定されているので、無脊椎動物から脊椎動物へ進化する過程でS1Pに新たな機能が付加された可能性が考えられる。我々は、心臓発生に不全を示すゼブラフィッシュ変異体の機能解析からS1P輸送体であるSpns2が原因遺伝子であることを同定した。spns2変異体とs1pr2変異体の機能解析から、ゼブラフィッシュではS1Pシグナルが心臓前駆細胞の移動を調節していることを明らかにしている。 我々のグループは、独自に速攻型CRISPR/Cas9法を開発し、ゼブラフィッシュにおける標的遺伝子の破壊を簡便に遂行できるシステムを確立している。本研究では、網羅的に7つの全てのS1PRに対する遺伝子の破壊を行い、それら変異体の表現型解析を行う。ヒトでは、S1Pシグナルが自己免疫疾患や癌などの難治性疾患に関連することが指摘されており、本研究で得られる知見は、それら疾患の病態の解明につながる可能性が考えられる。現在、全てのS1PRに対し機能欠損変異体の樹立に成功しているので、これらS1PRの多重変異体の機能解析からS1Pシグナルの新しい機能の解明を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、脂質メディエーターであるスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)の生体内での新しい生理機能を、独自に開発した速攻型CRISPR/Cas9による網羅的なS1PR遺伝子破壊ゼブラフィッシュの表現型解析から明らかにすることである。現在、全てのS1P受容体(s1pr1-s1pr5b)に対する機能欠損変異体の作製に成功しているが、s1pr2変異体以外は成魚まで生育できている。そこで、S1P受容体(s1pr1-s1pr5b)に対する二重遺伝子破壊系統を作製し表現型解析を行った結果、s1pr3b-s1pr4二重変異体において、赤血球の数が4日胚で減少する予備的知見が得られた。その後、s1pr3b-s1pr4二重変異体も成魚まで生育が可能であることが明らかとなり、発生致死の表現型までではない可能性や初期発生過程で他のS1PRによる機能の補完が働いている可能性も考えられた。そこで、この二重変異体を基盤に全てのS1P受容体を破壊した変異体の作製を試みた。驚いたことに、s1pr2を除く6S1PR遺伝子破壊変異体が成魚まで生育可能であることが分かった。これに対し、全てのS1PRが破壊された7S1PR変異体は胚性致死の表現型を示すことが明らかとなった。現在、6S1PR変異体と7 S1PR変異体が樹立できているので、様々な組織特異的なマーカー遺伝子の発現動態の相違を広範囲に調べることで(この過程で新規の組織特異的マーカー遺伝子であるcart-likeやslurp1-likeなどの遺伝子も単離した)、S1Pシグナルが造血発生や循環器系を含め形態形成のプロセスでどのような役割を担っているかを解明する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、S1PR遺伝子破壊ゼブラフィッシュの表現型解析から形態形成におけるS1Pシグナルの新規機能を明らかにすることである。現在、s1pr2以外のS1PRを破壊した6S1PR変異体と全てのS1PRを破壊した7S1PR変異体が樹立できている。驚いたことに6S1PR変異体は成魚まで生育可能であり、これに対して7S1PR変異体は胚性致死の表現型を示した。6S1PR変異体と7S1PR変異体を用い様々な組織特異的マーカー遺伝子の発現動態をwhole-mount in situ hybridization法やリアルタイムPCR法で解析することにより、S1Pシグナルがどのような細胞分化を制御しているかを包括的に解析する。この時、我々のグループが組織特異的遺伝子として単離したcart-like, slurp1-likeやbilkf/klf17の発現動態も解析する計画である。さらに、6S1PR変異体と7S1PR変異体で発現強度が異なる遺伝子群をマイクロアレイ解析あるいはRNAシークエンス解析により探索することを計画している。これらの解析で得られた候補遺伝子の機能は、速攻型CRISPR/Cas9でF0胚での表現型解析を行うことで生理活性を明らかにする。予備的知見として、7S1PR変異体において循環器系の異常に加えて造血発生の異常も認められている。造血発生過程では造血幹細胞から赤血球、リンパ球やミエロイド系細胞など性状が異なる細胞が生成されるので、その分化過程を蛍光タンパク質の発現として可視化できるトランスジェニック系統を用い継時的な画像解析を行う。特に、各細胞系譜を生成する微小環境(ニッチ)の形態や機能に関しては不明な点が多いので、6S1PR変異体と7S1PR変異体の機能解析から造血発生ニッチに関する新たな知見が得られることを期待している。
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