研究実績の概要 |
環境変化やストレスに対して適応するため、植物細胞は多様なストレス感受システムと細胞内シグナル伝達経路を進化させてきた。本研究では、浸透圧ストレスで瞬時に活性化されて微小管細胞骨格を一過的に消失させる鍵酵素PHS1の活性制御機構とその生理的意義を明らかにする。PHS1 は中央部にαチューブリンをリン酸化するキナーゼ領域を持ち、C 末端にMitogen-activated protein kinase (MPK)を特異的に脱リン酸化させ不活性化させると報告されているMPK フォスファターゼ領域を併せ持つ。 本年度はストレス応答時にMPKがPHS1を活性化させる可能性を検討した。高等植物はゲノムにMPK遺伝子を多数持っており、機能的冗長性が高いが、ゼニゴケでは3つのMPK遺伝子(MPK1, MPK2, MPK3)のみ持つ。そこで、ゼニゴケゲノムのそれぞれのMPK遺伝子を相同組換えにより破壊して、PHS1酵素活性とゼニゴケの生育を調べた。MPK2とMPK3の破壊株は正常に生育し、高浸透圧ストレスによるチューブリンリン酸化活性の活性化が見られたことから、PHS1の上流活性化因子ではないと結論した。一方、MPK1の破壊株は致死であったため、条件的遺伝子破壊株を作出した。MPK1破壊条件下ではゼニゴケ葉状体は未分化のカルス状態で生育した。浸透圧ストレス処理を行うと、チューブリンが野生株と同様にリン酸化された。従って、MPK1はゼニゴケの正常な生育、分化には必須であるが、PHS1の活性化には関与しないことが明らかとなった。 本研究により、MPKリン酸化シグナル伝達系は高浸透圧ストレスによるPHS1の活性化には関与しないことが判明した。PHS1はMPKシグナル伝達系因子の一部を利用して分子進化したが、その活性制御はMPKとは異なるリン酸化シグナル伝達経路が関わっていると考えられる。
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