研究課題
アオサ藻綱に属するショウジョウアオノリ(Ulva partita)やスジアオノリ(Ulva prolifera)の雌雄配偶子は同形から異形へわずかに進化した種である。ゲノム解析で明らかになった交配型(MT)領域を手がかりに、原始的な多細胞海産藻類であるアオサ・アオノリにおける性決定領域の起源と進化を明らかにする。ショウジョウアオノリを用いた解析で、アオノリの性決定領域は組換え抑制のため進化速度が極めて速くなっていて、クラミドモナスやボルボックスの系とは異なる遺伝子群から構成されていた。唯一共通する遺伝子としてはMIDがあり、オルガネラの母性遺伝との関係が浮上した。両者は進化的には異なる起源であろうとの推定もあるが、近縁種も含め多細胞性植物における雌雄性の決定に関わる遺伝子や雌雄の非対称性を生み出す分子機構の解明に母性遺伝との関係にも注目して、配偶子の成熟についても急いで解析することにした。1)スジアオノリ雌雄ゲノムの完全解読とMT領域:スジアオノリのゲノムサイズは雌雄ともに70Mb程度で、ショウジョウアオノリの60%程度でしかない。これが何を意味するかは今のところ不明だがショウジョウアオノリをリファレンスとしてゲノムが縮退している理由を探りたい。 2)ガメトログを用いたアオサ・アオノリ系統の雌雄性の起源の探索:性染色体領域には雌雄に特異的な遺伝子の他に、雌型と雄型にそれぞれ分化したホモログ(ガメトログ)が複数ある。これらのガメトログと相同組換えが抑制された性染色体領域との関係を明らかにする。これによって非組換え領域が出現する分子メカニズムを知る手がかりになるだろう。 3)MT領域内の雌雄特異的遺伝子と雌雄の接合装置に特異的な構造の探索:雌雄の接合装置を識別する方法として、免疫サブトラクション法にレクチン染色も加え、電顕3Dによるアオノリ近縁種の空間的配位も検討したい。
2: おおむね順調に進展している
スジアオノリの雄株と雄株由来のロングリードの塩基配列データを、PacBio/RSIIを用いた一分子リアルタイムシークエンシング法により、8.61Gbと7.17 Gbを取得した。ロングリード用アッセンブラーCanuを用いて、雄株と雌株で各々91.1 Mbpと94.5Mbpのスキャホールドが得られた。配偶子由来のRNA-seqデータを元にBRAKER2を用いて遺伝子予測を行った結果、予測遺伝子数は雄株と雌株で12,997個と12,225個であった。予測遺伝子との相同性を基準に、近縁種であるショウジョウアオノリのスキャホールドと比較したところ、6,000個程度の遺伝子がシンテニーを形成していることがわかった。また、緑色植物門との進化的な関係を調べる目的で、既知の緑色植物門に属する植物と藻類の遺伝子と比較した。18種類の緑色植物門及び外群である紅色植物の間で保存されている55個の単一コピーの遺伝子を用いて最尤推定法で系統樹を作成したところ、2種のアオサ藻は緑藻綱と姉妹群となった。こうしたゲノム解析に加え、交配型遺伝子と母性遺伝の関係を明らかにするために、ショウジョウアオノリとスジアオノリの成熟誘導の相違を検討し始めている。無性生殖のみで繁殖するスジアオノリの培養株を樹立し、その成熟条件を調べた結果、ショウジョウアオノリよりも成熟を誘導しにくく、放出された2本鞭毛の遊走細胞は短時間で遊泳能を失うことが明らかになった。また、フトジュズモ(Chaetomorpha spiralis)の配偶子、動接合子についても、FE-SEM、TEM、高速ビデオを使って解析し、アオノリなどの動接合子と同じように配偶子由来の2つの眼点が細胞の同じ方向に並ぶことを確認し、配偶子の細胞融合部位の非対称性が生育環境に適応した動接合子を形成するために進化してきたことを予想させる結果を得ている。
アオノリの近縁種には緑色植物門に共通遺伝子が多く保存されている。ドラフト解析により近縁種間の比較と近縁綱間の比較でアッセンブルと遺伝子予測の確からしさが示せている。ゲノム、遺伝子データのさらなる改善を目的として、胞子体と雌性配偶体から新たにRNAを抽出し、これまでにない詳細なトランスクリプトーム解析を実施したいと考えている。特に、胞子体由来のRNA解析は初めての試みであり、配偶体、配偶子では発現が見られない遺伝子を新たに発見できる可能性がある。Iluminaを用いてショートリードシークエンスを取得し、ゲノムを補正するだけでなく、RNA-seqデータについても胞子体由来のものを加えてデータの精度を上げる予定である。その上で雄株と雌株のゲノムを比較し、接合型座位およびそこに存在する遺伝子の同定を実施したい。スジアオノリに関しては無性生殖のみで繁殖する系統を樹立できている。これらは有性生殖に必要な機能の一部を失っている可能性があるので、無性生殖のみで繁殖するスジアオノリの成熟条件を検討し、有性生殖との比較をRNAseqを含め実施する必要があろう。動接合子と遊走子の間での鞭毛と眼点の配置の類似性は、同じく4本鞭毛の動接合子と遊走子を形成するアオノリやアオサでも見られる可能性がある。したがって、雌雄配偶子の細胞融合部位の非対称性の進化生態学的な意義を明らかにするために、ナガアオサ(Ulva arasakii) などの近縁種を用いてフトジュズモと同じ現象が認められるかを検証する必要があろう。ヘマトコッカス藻(Haematococcus pluvialis)を用いたモデル実験で、藻類でもゲノム編集による遺伝子破壊が容易なことを確かめた。性決定領域の解析にゲノム編集による遺伝子破壊技術の導入を検討し、交配型と非対称性、非対称性とオルガネラの母性遺伝の関係を遺伝子レベルで明らかにしたい。
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