研究課題
ジャガイモ疫病菌は、世界4大作物の1つであるジャガイモの重要病原菌である。これまで、Solanum属植物由来の様々なジャガイモ疫病菌に対する真性抵抗性遺伝子が単離され、疫病菌のエフェクター認識を介した抵抗性誘導に機能することが報告されている。また、疫病菌が産生する多様なエフェクターが宿主の抵抗性機構の様々な過程を阻害することで感染成立に貢献することが示されている。私たちは、これまでにジャガイモと同じナス科のモデル植物であるベンサミアナがジャガイモ疫病菌に非宿主抵抗性を示すこと、ベンサミアナの疫病菌抵抗性には、エチレン情報伝達を介したファイトアレキシン合成誘導が必須であることを明らかとしている。遺伝子サイレンシングを用いたスクリーニングから、疫病菌抵抗性に必須な新規遺伝子として分泌タンパク質をコードするSAR8.2m遺伝子を単離した。SAR8.2mサイレンシング株では、ジャガイモ疫病菌の感染が植物全体に進展したが、 植物病原性の糸状菌や細菌に対する抵抗性は野生株と同等であった。また、疫病菌由来のエリシタータンパク質であるINF1に対する応答を野生株とSAR8.2mサイレンシング株で比較したところ、活性酸素生成、ファイトアレキシン蓄積、過敏感 細胞死の誘導などの応答に全く差異は認められない一方で、疫病菌感染時の活性酸素生成や過敏感細胞死誘導はSAR8.2mサイレンシング株で顕著に低下していることが示された。またSAR8.2mに抗菌活性は認められず、SAR8.2mが疫病菌の感染行動を抑制することで、抵抗性に寄与していることが示唆された。 また、SAR8.2m-GPFを発現するベンサミアナに疫病菌を接種すると、GFP蛍光の病原菌内への移行が観察された。これらの結果から、SAR8.2mはジャガイモ疫病菌に作用し病原力を特異的に抑制する植物エフェクターである可能性が示された。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度は、CRISPR/Cas9システムを用いたSAR8.2m遺伝子破壊株の作出に成功した。作出したSAR8.2m遺伝子破壊株の表現型を確認したところ、ジャガイモ疫病菌に対する抵抗性が著しく低下することが確認された。また、ジャガイモ疫病菌以外の病原菌に対する抵抗性への影響を明らかにするため、新たにナス科植物に病原性を示す4種の糸状菌を接種したが、抵抗性の低下は認められなかった。一方で、ジャガイモ疫病菌以外のPhytophthora属菌接種の結果、SAR8.2mは遠縁な多種のPhytophthora属菌に対する抵抗性に機能していることが明らかとなった。Phytophthora属菌は世界中で約120種同定されており、宿主を異とする多数の病原菌が含まれている。異なるクレードに属する14種のPhytophthora属菌に対するSAR8.2m遺伝子サイレンシング株の抵抗性を調べた結果、ショウガ、チューリップ、セイヨウキヅタおよびイチジク疫病菌において抵抗性が顕著に低下した。以上の結果から、SAR8.2mは広範なPhytophthora属菌に対する非宿主抵抗性に関与することが示唆された。また、ジャガイモ疫病菌の遊走子、発芽した胞子、菌糸などから調製したcDNAからYeast two hybridライブラリーを作成し、SAR8.2mをBaitにした結合因子のスクリーニングを行った。その結果、疫病菌の病原性因子であるエフェクタータンパク質が候補因子として単離された。また、ベンサミアナの抵抗性応答を可視化するため、いくつかの病害抵抗性遺伝子プロモーターにGFP遺伝子を結合した形質転換体を得た。このように、今年度はSAR8.2mが広範な病原性卵菌に対する抵抗性に関与することを証明し、さらに今後の解析に必要な新たな進展が得られたことより、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
(1)CRISPR/Cas9システムを用いたSAR8.2a, b, d遺伝子破壊株の作出 ベンサミアナゲノムには、SAR8.2mと相同性を示すSAR8.2a、SAR8.2bおよびSAR8.2dが見出されている。平成30年度にSAR8.2m破壊株の作出に成功したので、同様の実験系を用いて他のSAR8.2遺伝子破壊株を作出し、より明確な機能の比較を行う。(2)疫病菌感染時のSAR8.2m遺伝子の発現影響の調査 平成30年度にSAR8.2mのプロモーターにGFPを付与した形質転換体の作出が完了した。平成31年度は形質転換体にジャガイモ疫病菌あるいは他のPhytophthora属菌を接種し、感染時のSAR8.2m遺伝子発現部位を、GFP蛍光によって観察する。(3)疫病菌感染時のSAR8.2mサイレンシング株における抵抗性関連遺伝子の発現解析 平成30年度にファイトアレキシン合成の鍵酵素EASと過敏感細胞死において重要な役割を持つPR-1のプロモーターにGFPを付与したベンサミアナの形質転換体を得た。そこで、形質転換体を用いてSAR8.2mサイレンシング株を作製し、疫病菌感染時の抵抗性関連遺伝子の発現を、GFP蛍光を利用して野生株と比較解析する。(4)SAR8.2mと結合するP. infestansタンパク質の機能解析 平成30年度に、Yeast two hybrid スクリーニングにより、SAR8.2mと結合するジャガイモ疫病菌の因子の候補を得た。平成31年度は、この疫病菌のエフェクターの機能解析、野生株およびSAR8.2m破壊株における疫病菌エフェクターの機能比較などをおこなうとともに、Yeast two hybrid スクリーニングを継続し、新たな結合因子の探索を進める。
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