研究課題/領域番号 |
17H03806
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
川向 誠 島根大学, 学術研究院農生命科学系, 教授 (70186138)
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研究分担者 |
村井 正俊 京都大学, 農学研究科, 准教授 (80543925)
戒能 智宏 島根大学, 学術研究院農生命科学系, 准教授 (90541706)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | coenzymeQ / ubiquinone / fission yeast / mitochondria |
研究実績の概要 |
コエンザイムQ(CoQ)は、ユビキノンとも称され、イソプレノイド鎖とキノン骨格からなる電子の授受に関わる生体内の重要化合物である。CoQは、ほぼ全ての好気生物が有する電子伝達系の成分として、ATP合成に必要な生体内物質であり、抗酸化物資でもある。それ以外にもCoQは、硫化水素生成やUMP合成に関わる酸化還元酵素の補酵素としても働く。イソプレン10単位の側鎖を有するCoQ10を人は合成できるが、その量は加齢とともに減少することから、サプリメントとして補うと効果的である。 本研究ではCoQ生合成の解明とその知見をヒトの遺伝病の理解に貢献させることを目標としている。CoQ10の合成量が低下している患者がミトコンドリア脳筋症になるということが報告され、CoQ生合成と遺伝病との関連性が非常に注目されている。しかしながら、CoQ生合成経路は、基本的な部分がまだ完全解明されておらず、重要な生体内の化合物でありながら、不明な部分が多く残っている。ヒトと同じCoQ10を合成する分裂酵母の遺伝学を最大限活用し、真核生物の起点である酵母内での合成経路、とりわけキノン骨格の前駆体合成とキノン骨格形成部分の解明を目指した。 分裂酵母のミトコンドリに局在するタンパク質をコードする遺伝子の破壊株、約400株のCoQ量を測定したところ、既知のCoQ合成に関わる遺伝子以外に新たな生合成に関わる2つの遺伝子を発見した。coq11破壊株では、CoQ10合成量低下は観察されるが、典型的な最小培地での生育は見られず、合成系そのものではない調整的な役割を示すと考えている。coq12破壊株では上流のPHBを添加することによりCoQ10の合成量が回復した。さらに、分裂酵母においては、PHBだけではなく、PABAも基質となることを見出した。CoQ10合成経路に関わる新規な遺伝子と化合物を発見することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
分裂酵母のコエンザイムQ10生合成には、dps1, dlp1, coq2-coq9遺伝子が関わることを明らかにしているが、ほぼすべてのCoQ10合成酵素が分裂酵母からヒトまで保存されている。酵母での解析結果が、ヒトのCoQ10合成に関連する病気の理解へと繋がった事例も増えてきている。一方で、CoQ生合成の未解明の部分では、大きく2つの問題が残っている。1つは、キノン骨格の前駆体になるPHBを合成する酵素の詳細とプレニル化PHBがキノン骨格へと形成される反応の詳細である。 それら2つの知見を得るために、分裂酵母の3400遺伝子が独立に破壊されている遺伝子破壊株ライブラリーを購入し、その中で、その遺伝子産物がミトコンドリアへ局在する400株についてCoQ量を全て定量した。既知の遺伝子を除き、著しくCoQ合成が低下している株を複数株発見することができた。その中で、これまでに報告がない新規の遺伝子を coq11, coq12と命名している。coq11遺伝子破壊株では、最小培地での生育が良く、他の欠損株と表現型が異なっており、Coq11は生合成に直接働くのではなく、制御因子としての役割があるのではないかと考えている。実際、ある生物でCoq11はCoq10(CoQ結合タンパク質)と融合タンパク質として合成され、機能的な関連性が推定される。coq12破壊株では上流のparahydorxy安息香酸(PHB)を添加することによりCoQ10の合成量が回復した。一連の研究の過程で、安息香酸がCoQ合成を著しく阻害することがわかった。この安息香酸の阻害効果はpABAやPHBを添加することで抑制された。またPHBプレニルトランスフェラーゼを高発現させると阻害効果が改善することから、安息香酸がPHBあるいはPABAにプレニル基を転移する反応を阻害していると考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
分裂酵母は、人と同じ種類のCoQ10を合成する酵母として、かつ遺伝学的な解析が容易な微生物として、CoQ10生産を考える上でも、生合成経路を理解する基礎的な側面においても重要な研究対象である。CoQ生合成の上流に位置する共通の初発化合物であるPHBは、Coq2タンパク質によって、イソプレノイド鎖と縮合される際の基質となる。PHBの合成経路に関しては、著しく知見が不足しており、チロシンから何段階を経て合成されるのかも解明されていない。その中で、今回の我々の発見で、この部分に関わるcoq12遺伝子を発見することができ、CoQ合成の理解が1歩前進した。今後はこの遺伝子産物の機能の詳細な解析が必要であると同時にその前後の反応にどの因子が関わるかを調べることが重要である。 分裂酵母において、pABA(パラアミノ安息香酸)が基質として利用されることを見出した。これまでにPHBが共通の初発物質として知られていたが、pABAが利用されることでCoQ合成系の幅が広がってきた。人においてpABAが利用されるかどうかは、Coq2の反応基質として使われるという報告がある一方、実際の合成にはあまり利用されていないという報告もありまだはっきりは決着していない。これらのことも今後明確にしていくべき課題である。 さらにCoQ生合成を解明するために、分裂酵母において、それぞれのCoQ生合成遺伝子の欠損株において蓄積する前駆体の解析を発展させていきたい。変異体を多数誘導することにより、部分的な機能を喪失させて、質量分析機を駆使して、化合物の同定を進めて行きたい。分裂酵母でCoQ生合成を解明し、そこで判明してきた知見を活用し、人の遺伝病との関連に役立て行くことを研究の大きな展望としている。
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