研究課題/領域番号 |
17H03920
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
稲波 修 北海道大学, (連合)獣医学研究科, 教授 (10193559)
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研究分担者 |
山盛 徹 北海道大学, 獣医学研究院, 准教授 (00512675)
平田 拓 北海道大学, 情報科学研究科, 教授 (60250958)
滝口 満喜 北海道大学, 獣医学研究院, 教授 (70261336)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 放射線治療 / がん治療 / 代謝標的薬 / 腫瘍学 / 細胞生物学 |
研究実績の概要 |
本研究の推進にはエネルギー代謝の評価系を確立することが必要であった。そこで、まず、本年度はHeLa細胞においてミトコンドリア電子伝達系(ETC)の酸素消費率(OCR)の新たなESRを用いた測定法を確立するとともに、ETCにおける電子の流れを105Kあるいは20Kの低温ESR法により、測定する方法を確立し、放射線照射によるOCRと電子の流れの増加が起きることを明らかにした。また、放射線によって細胞内ROSの上昇があるが、細胞内の酸化的損傷は僅かであることもLC/MS/MSによる脂質過酸化物の測定によって明らかにした。更に、共同研究者の平田らとの共同研究の結果、マウス移植腫瘍で、腫瘍内pHを画像化することに成功しており、グルコース代謝の1つの指標となる細胞外pHの基礎データを得ている。この様に本研究では新たな方法論の確立について既に成果が大きく上がってきている。 この様に評価系を確立する一方、各種がん細胞での栄養要求性に関する研究も開始した。正常細胞であるヒト網膜色素上皮RPE-1細胞やマウス線維芽由来NIH3T3細胞と比較して、ヒト子宮頸部がん由来HeLa細胞はグルコース依存性が強く、ヒトメラノーマMeWo細胞ではグルタミン依存性が強いことを明らかにした。また、MeWo細胞はアセテート依存性が強く、グルタミンやグルコースが無くてもアセテートのみでも増殖能を持つとの報告があったが、今回調べたところ、アセテートの添加だけでは増殖能を示すことが無かった。さらに無血清のDMEM培地でNIH3T3細胞では増殖できなかったのに対して、HeLa細胞ではこの条件でも増殖能が残っていた。これはHeLa細胞では血清からの栄養成分よりもDMEM中のグルタミンやグルコースが重要であることを示している。以上の結果はがん細胞の種類によって様々な栄養要求性の多様性を示すことを示していた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今まで酸素感受性蛍光物質を用いたSeahorseによる酸素代謝評価法が広く用いられてきたが、昨年度は、、本研究でESR法を用いた全く新しい方法で従来と同じミトコンドリアストレステストによる電子伝達系評価システムを確立することができた。また、細胞を凍結条件で測定することでミトコンドリアの電子の流れをセミキノンラジカルの量で評価できることも明らかにした。これらの方法を用いることで、放射線照射後にETCによる酸素消費が増大し、電子の流れが高まり、ATPの増加を起こすことを明らかにする事ができた。これは放射線照射後の細胞の適応応答としての意味を持っている者と考えており、これらの結果は、既に2編の国際学術論文に投稿、受理された。また、細胞外pHについても共同研究者の平田らのグループを中心にイメージングにも成功しつつあり、基礎データが国際誌に公表する事ができた。本研究の目標はがん特異的な代謝応答を明らかにし、それを標的として新しいがん治療の基礎的方向性をつけることである。現時点でがん代謝の放射線応答の電子伝達系に関する部分を明らかにする事ができた。さらにがんの代謝における多様性についても明らかにされつつあり、今後の研究の方向性が明確になったと言える。今後、これらの方法によってがん種による代謝の多様性を更に明らかにし、アイソトープラベル体を用いた代謝評価、阻害剤、さらには動物実験を進めることにより、目標とする代謝を標的としたがん治療の方法論の確立に近づけるものと思われる。以上のことから概ね研究は順調に成果も上がっており、今後の成果が期待できる段階に来ていると評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の到達点に立って、更に実験に供する他のがん細胞株についても代謝依存性に関する実験を更に進める。その上で、本年度明らかとなったグルコース代謝優位のHeLa細胞、グルタミン酸代謝優位のMeWo細胞を含め、他の代謝依存性をもつ細胞についても以下の項目を評価する。 1,グルコース代謝についてはアイソトープラベルされた2デオキシグルコースを用い、取り込みによって放射線応答を評価する。更にグルコーストランスポーターならびに解糖系阻害剤を用い、解糖系阻害による放射線増感が起きるか否かについて評価する。 2,がん細胞の場合、嫌気的解糖系によって一般的にグルコース代謝に伴って乳酸が蓄積する事が知られているが、この乳酸蓄積についても放射線応答を評価する。乳酸の蓄積により細胞外pHの低下(酸性化)が起きることが一般的に理解されているが、近年、細胞膜に発現している炭酸 脱水素酵素(Carbonic anhydrase;CA)IXの働きにより、細胞内の酸性化を防ぐために細胞内のプロトン(H+)を細胞外に排出させる事によることが報告されている。従って、細胞外pHについてESR法あるいは蛍光法による測定法を確立し、放射線による細胞外pHの応答性、解糖系阻害剤やCA阻害剤を用いて放射線増感作用の有無について検討する。 3,グルタミン酸代謝と酢酸代謝はアイソトープラベルされたグルタミンや酢酸の取り込みを指標に、放射線応答を明らかにする。また、グルタミナーゼやアセチルCoA合成酵素のノックアウト細胞の作成に着手し、これらの酵素の阻害により、放射線増感が起きるか否かについて明確にする。 さらに、以上の放射線照射によるグルコース代謝応答、pH応答やグルタミン・酢酸代謝応答が電子伝達系やATP合成との関係性についても、昨年度、開発した方法論を駆使し、評価を検討を進める。 以上の研究を本年度は中心的に進める予定である。
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