研究課題/領域番号 |
17H03940
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 雅京 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (30360572)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 性決定 / 性分化 / 性ホルモン / エクダイソン / カイコ |
研究実績の概要 |
本研究課題では、昆虫の代表的なステロイドホルモンとして知られるエクダイソンが、昆虫の性分化の制御に関与するか、また、関与するのであればその作用機序はいかなるものであるかという点を明らかにすることを目的とする。これまでの研究により、DMドメインをもつ転写因子DMRTの一つdmrt93Bがカイコの精巣で特異的に発現すること、その発現がエクダイソン刺激により増加すること、TALENを用いたG0 体細胞モザイク変異解析により精子の成熟や雄の内部生殖器の形成に関わることを明らかにしてきた。平成30年度は、dmrt93Bの機能をより詳細に調べるため、dmrt93Bの欠失変異ホモ系統を複数作製し、その表現型を観察した。その結果、dmrt93Bをホモにもつ個体は全て胚発生の後期(点青期から催青期)に致死することが判明した。この結果から、dmrt93Bは性分化のみならず胚発生にとって必須の役割をもつことが明らかとなった。dmrt93B変異体の致死を避けるため、タンパク質コード領域内の下流付近を標的としたTALENを実施し、新たに変異体を作出することにした。その結果得られたG0体細胞モザイク変異体の表現型は、前回同様雄の内部生殖器の形成不全をもたらし、付属線、貯精嚢、輸精管の欠損が認められた。現在、in-frameで欠失変異をもつ個体のホモ化を行っているところである。 一方、dmrt93Bの発現部位をより詳細に調べるため、精巣の凍結切片標本を用いたISHを行った。その結果、dmrt93Bは精巣被膜と精巣内部に見られる無名の組織において強く発現することが明らかとなった。様々な発育時期の精巣の切片標本を作製し、HE染色により観察した結果、この無名の組織は輸精管の原基に相当することが予想された。以上の結果から、dmrt93Bが輸精管の分化に関わると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成30年度は、平成29年度の研究において作出した複数のdmrt93B欠失変異系統をホモ化し、それらの表現型を観察することで遺伝子の機能解析を行う予定であった。また、これらホモ変異体の精巣と野生型の精巣におけるトランスクリプトームとプロテオームを比較解析することで、dmrt93Bの標的候補遺伝子やdmrt93Bの制御下で生合成されるペプチド成分を同定する予定であった。しかし、dmrt93B欠失変異ホモ個体はいずれの場合も胚発生の段階で致死することが判明したため、当初予定していたこれらの解析を実施することができなかった。以上の点を踏まえ、平成30年度の研究進捗状況を「やや遅れている」と自己評価した。dmrt93Bは精巣特異的な発現を示すため、そのホモ変異体が胚発生の段階で致死を示すことは予想外の事態であった。この予想外の事態に対応するため、dmrt93B遺伝子のタンパク質コード領域内の下流付近を標的としたTALENを実施し、新たに複数の変異体を作出した。今回はin-frame欠失変異も解析対象に含めることにより、表現型に及ぼす影響がより弱い変異体が得られることを期待している。 変異体を用いた解析が進まなかったため、in situ hybridization(ISH)による組織化学的解析を実施することにした。5齢幼虫期の精巣の凍結切片標本を用いたISHにより、dmrt93Bは精巣被膜と精巣内の無名の組織において強く発現することが明らかとなった。生殖器原基の著しい発達が起こる蛹期における精巣を用いて凍結切片標本を作製し、HE染色に供試した結果、この無名の組織が輸精管に分化する様子を捉えることができた。以上、これまでの研究成果をまとめると、dmrt93Bは精巣被膜と輸精管原基で発現し、エクダイソンの刺激により精巣及び輸精管の発達を促進することが明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度の研究により作出したdmrt93B欠失変異系統を交配し、ホモ変異体の作製を成功させる。得られたホモ変異体の精巣と野生型の精巣におけるトランスクリプトームとプロテオームを比較解析することで、dmrt93Bの標的候補遺伝子やdmrt93Bの制御下で生合成されるペプチド成分を同定する。抗DMRT93B抗体を作製し、ChIP-seq解析を行うことにより、dmrt93Bの直接制御下にある遺伝子を特定する。 また、平成30年度の研究により発見した輸精管原基の分化がエクダイソンの刺激により誘導されることを確認するため、精巣を用いた組織培養系を構築し、エクダイソン添加/無添加条件下における輸精管の発達の度合を測定する。この組織培養系にdmrt93B欠失ホモ変異体の精巣を供試することにより、エクダイソン刺激による輸精管の発達にdmrt93Bが必要であることを確認する。平成29年度の研究により、精巣におけるdmrt93Bの発現量がエクダイソン刺激により増加すること、これに関連してdmrt93Bの転写開始部位の上流にはエクダイソン応答性シスエレメント(EcRE)様配列が複数存在することがわかったため、dmrt93Bの発現がエクダイソン受容体EcRの直接制御下にあるかどうかを実験的に検証する。このためにカイコ培養細胞を用いたレポーターアッセイや抗EcR抗体を用いたChIP-qPCRを行い、dmrt93B転写開始部位上流に見いだされたEcRE様配列とEcRとの間に相互作用が見られるか確認する。 dmrt93Bを中心とするエクダイソン応答経路と性決定カスケードとの間に遺伝的相互作用があるか否か明らかにするため、dmrt93Bホモ変異体における性決定遺伝子(Masc及びBmdsx)の発現量、並びにMasc過剰発現個体、Bmdsx欠失変異ホモ個体におけるdmrt93Bの発現量を定量する。
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備考 |
教育啓蒙活動のため、宇都宮中央女子高校、茨城県立古賀中等教育学校、宮崎県立延岡高校、東京学芸大学附属国際中等教育学校、安田学園中学校、南多摩中等教育学校において出前講義を行った。延岡高校における出前講義の様子は地元の新聞記事(宮崎県日日新聞2018年9月21日号)に掲載された。
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