本課題では、蛹変態・成虫変態の発生プログラムの全貌を明らかにすることを目的とし、カイコにおける蛹化・成虫化のマスター遺伝子の機能を解明するとともに、幼若ホルモンによる蛹化・成虫化のマスター遺伝子の制御機構の解明を行っている。令和元年度(平成31年度)の成果の概要は以下の通りである。 1. 幼若ホルモンシグナル機構の解明: 幼若ホルモンがどのようにして蛹変態・成虫変態を抑制するのかを明らかにするために、各種ノックアウト系統を用いてmRNA-seq解析を行った。その結果、既知の変態抑制遺伝子(Kr-h1)に加えて、新規の転写因子が幼若ホルモンによって正の調節を受けることを見出した。この新規の転写因子はグローバルな代謝に関わることが知られており、この遺伝子の発現量の低下によって、幼若ホルモンを欠損した個体で成長が遅延することが説明できる可能性がある。 2. 蛹変態、成虫変態のマスター遺伝子の機能解明: 蛹変態のマスター遺伝子broadの過剰発現カイコを作出し、アイソフォームごとに強制発現させる実験を行った。broad過剰発現の表現型はアイソフォームごとに顕著に異なっており、今後、より詳細な解析が必要であることが判明した。また、成虫化のマスター遺伝子E93のモザイク解析を行ったが、予想に反してモザイク表現型が生じなかった。この結果は、E93には未知のシステミックな機能があることが示唆する。 3. 体サイズによる蛹変態開始機構の解明: 幼虫が蛹変態を実行するためには、一定の体サイズの獲得が必要である。脱皮回数の異なるカイコ眠性系統を用いて、体サイズと終齢決定との関係を調査したところ、眠性系統間で各齢ごとの成長率が大きく異なること、その一方で、終齢決定のための体サイズの閾値はほとんど同一であることを見出し、カイコの幼虫脱皮回数の決定機構を理解するための大きな足がかりを得ることができた。
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