この世に最初の細胞が生まれた時、そこには遺伝情報を司る核酸と、それを包み込み環境変化から守る膜が存在した。そうであれば細胞膜の傷を修復する「細胞創傷治癒」の仕組みは、生命誕生の瞬間から必要とされただろう。細胞膜損傷はデュシェンヌ型筋ジストロフィー症を始めとする様々な疾患に関与することが明らかになっているが、その分子機構の全貌を俯瞰するには至っていない。申請者は細胞創傷治癒機構の解明を目指す過程で、細胞膜損傷がその程度に応じて可逆的及び不可逆的な細胞の増殖停止を誘導することを見出している。 ヒト正常細胞がDNA損傷によるがん化を防ぐメカニズムは少なくとも三つある。一つ目は細胞周期を一時停止するチェックポイント、二つ目は細胞周期を恒久的に停止する細胞老化、三つ目は細胞死を導くアポトーシスである。軽微な損傷はチェックポイントを活性化し、重篤な損傷は細胞老化やアポトーシスを誘導する。そこで本研究では、このスキームが細胞膜損傷の場合にも当てはまるかどうかを検討した。その結果、細胞膜損傷も損傷の程度に応じて細胞に異なる運命をもたらすことを見出した。細胞膜損傷が軽微である場合、出芽酵母において報告されている分子機構と同様に、DNA複製を行うマシナリーの分解が認められ、さらに細胞周期を停止させるタンパク質群が安定化されていた。細胞膜損傷が重篤になると転写プロファイルが変化し細胞周期の不可逆的停止に必要なタンパク質群の発現誘導が認められ、さらに重篤になるとアポトーシス様の死が誘導された。さらに、出芽酵母においてこれらの応答に必要であることが分かっているキナーゼ群は、ヒト培養細胞に膜損傷を与えた場合にも活性化することが明らかになった。
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