研究課題
腸管毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic Escherichia coli:ETEC)が起こす下痢症によって毎年30万人から50万人の幼児が死亡しており、本菌の疫学的重要性は高い。1991年に申請者が担当した集団下痢症の調査においてETECの新しい血清型O169:H41を検出し米国CDCに速報した(Emerg Infect Dis 1995)。その後この新型菌による集団発生が全国的に多発し、ETECによる集団発生の8割をO169が占める年さえあった。本菌は、in vitroでは他のETECよりも容易に病原プラスミドを失い下痢原性を喪失する。したがって、このプラスミドは強い感染性を大腸菌に付与し、菌を途切れることなく生体内にとどまらせる病原因子を保持していると推察される。申請者は、本菌が粘膜上皮細胞に対して特異な凝集接着性を有することを先に発見した(Epidemiol Infect 1998)。このような接着性は他のETECには希なものであり、この強い接着性がその流行に寄与していると考えている。この接着性の本体を解明し本菌の病原性を明らかにすることを目的として研究を実施した。本菌プラスミドの全シーケンスにより3種の腸管接着因子候補遺伝子を見つけ、これら3遺伝子それぞれを挿入した組み換え体の接着性を調べた。その結果、K88-like遺伝子が本菌の特異な接着性に寄与していること、その宿主特異性が広くヒトとブタさらにはウシの腸粘膜上皮細胞にも接着性を発揮することを見出した。ヒトのETECはヒトにのみ感染するとされており、今回の家畜調査でも本遺伝子は検出されなかった。しかしながら、本菌の接着性に関する結果は、本プラスミドがその宿主大腸菌を人以外の動物にも感染させ、人獣共通感染症を起こさせることで大腸菌にプラスミドを保持させている可能性を示唆している。
3: やや遅れている
今回発見した接着因子K88-likeは、これまで報告のない広い宿主特異性を有するが、線毛構造を示さず菌体における局在や形態、そして宿主細胞側の受容体は不明である。今年度の実験では、【6.研究実績の概要】で述べた成果以外に本接着因子に対するモノクローナル抗体の作製も同時に進めており、免疫電顕により接着因子の局在を明らかにする予定であった。K88-like遺伝子の塩基配列に基づいて合成したペプチドを抗原として用い、モノクローナル抗体産生細胞を3株得た。ペプチド抗原に対するELISA、K88-like遺伝子で組み替えた大腸菌株TOP10に対する凝集試験で抗体の特異性も確認した。しかしながら、病原プラスミドからクローニングした3種の接着因子遺伝子で組み替えたTOP10とこれらの抗体を用いた免疫電顕やウェスタンブロッティングでは、K88-like遺伝子に特異的な反応は検出されなかった。精査の結果、これらの抗体はTOP10の菌体と結合することが分かった。他の大腸菌とは反応しなかったことから、非常に偶然ながらTOP10は合成したペプチドと類似の抗原を持っており、これと交差反応するモノクローナル抗体を選別していたようだ。そのために特異的な抗体を得ることができず遅れが生じている。
【8.現在までの進捗状況】に記述した失敗を踏まえ、合成ペプチドではなくK88-likeそのものを抗原としてモノクローナル抗体の作製に再度挑戦する。そのため、His-TagをK88-like遺伝子につけた組換え体を作製した。これから抽出精製したK88-likeの構成タンパク質を抗原とする予定であり、あわせてポリクローナル抗体作製を委託発注する。K88-likeの構成タンパク質をうまく分取精製できれば、単なる抗原としてだけでなく、宿主細胞側の受容体を探るためのグリカンアレイによる解析にも利用できるので申請当初の予定に近づくことが期待される。
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