研究課題
小腸は特に感受性が高く、腹部放射線照射が行われた際には、治療目的外である小腸で障害が併発することがある。障害が慢性的な炎症へと進行すると晩期障害へと移行し、放射線誘導性腸線維症(Radiation-induced intestinal fibrosis; RIF)は最も重篤な副作用と考えられている。RIFにより硬化した腸は狭窄、通過障害を引き起こし、深刻な場合には外科的除去を行う。RIFは患者のQOLを大きく低減させる要因であるが、有効な予防・治療法は確立されていない。これまでの病態解析から、RIFの予防・治療において好酸球が良い標的となることが考えられた。現在、ヒトの好酸球依存性疾患の治療手段として、IL-5機能を標的とした抗体の応用が精力的に進められている。IL-5は好酸球の分化・増殖に必須のサイトカインであるため、その機能を阻害することで身体から好酸球を選択的に除去できる。IL-5を直接標的にして中和する抗体のほか、近年では好酸球に高発現しているIL-5受容体のα鎖(IL-5受容体α)に対する抗体の開発も進められている。とりわけ後者は受容体に拮抗してIL-5シグナルを中和するだけでなく、抗体のFc部分に脱フコシル化の修飾を加えるポテリジェント技術によって、抗体依存性細胞傷害活性を誘導し、好酸球を直接殺傷することで非常に効率的に好酸球を除去することができ、実際に循環血中からほぼ完全に枯渇させられたという臨床成績が出ている。今回作成したマウスIL-5受容体αポテリジェント抗体を4週ごとに腹腔投与することで、循環血中の好酸球の90%以上、さらに小腸の好酸球の80~90%を枯渇させた状態を維持できることが確認された。この抗体による好酸球除去効果によって、放射線照射後の小腸粘膜下層における好酸球の浸潤は抑制され、好酸球欠損マウスと同等に線維化を顕著に抑えることができた。
1: 当初の計画以上に進展している
消化管は放射線に対する感受性が非常に高く、放射線事故あるいは癌の放射線治療において高線量の放射線に被曝すると、急性期から晩期に渡って多彩な障害が引き起こされ、効果的な予防・治療法の確立が強く求められている。近年、特定の組織傷害では、自然免疫系による炎症の誘導が組織障害を増悪させていることが明らかになりつつある。本研究課題では、晩期の小腸線維症、さらには急性期口腔内粘膜炎へと解析の対象を広げ、自然免疫系を標的とした新たな予防・治療戦略の創出を目指す。小腸の線維症に関して、その治療を目的として病因の解析を進めた。まず、マウス腹部への放射線照射は、小腸の粘膜下組織に好酸球を過剰に蓄積させてRIFを引き起すことを示した。一方、好酸球欠損マウスでは、放射線照射後のRIFは顕著に抑制されることから好酸球の寄与が示唆された。照射による慢性の陰窩細胞死は、細胞外アデノシン三リン酸の遊離を促し、粘膜下組織の筋線維芽細胞を活性化してCCL11を発現させ、CCL11が好酸球を遊走させることが分かった。活性化筋線維芽細胞は、同時にGM-CSFも産生し、好酸球はGM-CSFで活性化されて、TGF-βを産生して、筋線維芽細胞による線維化を促進した。治療モデルとして、マウスの腸内好酸球をマウスIL-5受容体α抗体による処置により枯渇させたところ、RIFを非常に顕著かつ効果的に抑制された。以上のことから、我々は好酸球をRIFの病因として同定するのみならず、好酸球を標的とすることがRIFの新しい治療戦略となることを示した。この様に、腸管線維化の機構を明らかにしただけでなく、その病態生理を標的とした新規治療法の立案まで解析をすることができ、その成果は論文として報告することができた(Sci Transl Med. 2018;10(429).)。研究は予想以上のペースで進展している。
マウスの舌に高線量の放射線を照射すると、主に糸状乳頭に潰瘍ができるが、その病態形成機構はあまり分かっていない。糸状乳頭では、底部に存在する上皮幹細胞から派生した娘細胞が基底層を構成し、それらが増殖・分化しながら上層へと移動して角質上皮細胞層を形成するというサイクルを活発に繰り返している(Tanaka T, et al., Nat Cell Biol. 15:511:2013)。これは小腸と類似しており、小腸では陰窩で上皮幹細胞とその娘細胞の増殖分化が行われ、派生した上皮細胞が上部へと供給されて絨毛上皮層を形成する。陰窩の上皮細胞はTLR3を高発現しており、放射線に被曝すると、放射線による直接傷害に加えて、TLR3依存的な細胞死が陰窩上皮細胞の死滅を招く二次傷害となり、結果として絨毛上皮層が破綻してGISに至る (Takemura N, et al. Nat ommun. 2014;5:3492)。市販の抗TLR3抗体を用いてマウス舌の免疫組織化学染色を行い、TLR3は基底層の細胞に強く発現していることを確認している。マウスの舌以外を鉛遮蔽した状態で20 Gyのガンマ線を照射すると、2週間ほどで舌の表層に潰瘍が生じる。その症状がTLR3欠損マウスで有意に軽度である予備的知見を得ている。今後、①TLR3が誘導する傷害の形態、②TLR3が誘導する下流の情報伝達機構、③TLR3阻害剤の効果について解析する。
すべて 2018
すべて 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 3件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 7件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 1件、 招待講演 7件) 図書 (2件)
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