研究課題
強力な抗酸化作用を有し、かつ無害である”分子状水素”は虚血再灌流障害IRIを制御するキーマテリアルとなる可能性があるが、臨床応用に至るためには”高い物質透過性”、”水への難溶性”、”可燃性”という3特性を克服する方法を探索する必要がある。可燃性の回避には、分子状水素を水溶液として使用する方法が挙げられる。多くの既報では、溶媒の特殊容器への移し替えや、その後の殺菌目的のγ線照射等が必要となる。我々は、Miz株式会社の開発した”非破壊水素含有法”という、水素分子の”高い物質透過性”を利用”して、点滴バッグを未開封のまま溶解させる方法を用いて、既存の輸液・臓器保存液製剤を開封することなく、安全・容易・かつ無菌的に水素溶液を作成、世界で初めて医療への応用実現可能性を示した。我々は、ラット全肝グラフトを用いて、「冷保存前」、「冷保存中」、「冷保存終了時(移植直前)」の3点で1.0ppm準飽和水素含有液を適用し、酸素化体外灌流装置を用いてグラフト肝に対する虚血再灌流障害を機能的/形態学的に評価した。「冷保存終了時」即ち再灌流直前に水素溶液を直接血管内注入するHydrogen Flush after Cold Storage: HyFACS法が、IRIを有意に軽減させる事が判明した。次に同様の実験系で、ラット全肝グラフトの門脈、肝動脈にcannulationし、HyFACS投与経路の違いによる効能の差異を評価した。すると、門脈からのHyFACSにより肝類洞系が、一方肝動脈からのHyFACSにより肝内胆管系の障害が、機能的にも形態学的にも有意に軽減する事を突き止めた。更に、これらHyFACSの保護機構として、酸化傷害の有意な抑制が関与していることが明らかとなった。HyFACS法は、安全かつ容易に、移植臓器の冷保存/温再灌流傷害を軽減し得る新たな処置法として有用と考えられる。
2: おおむね順調に進展している
水素分子の臓器保存、移植領域への応用について、幾つかの臓器でそれぞれ異なる方法を用いた既報は散見するものの、臨床応用への実現可能性を考慮できる方法は未だ存在しない。我々は、今回新たに考案したHyFACS法(1ppm分子状水素含有液を冷保存終了時[プットイン直前]に、移植臓器に直接 血管内注入する方法)が解決策となる可能性が高いことを実証した。既に国内特許出願を終え、米国などへの国際出願を行っている。また平成29年度には、HyFACS法に加えて、爆発リスクを伴う高圧水素ボンベを用いずに水素ガスの持続吸入(Hydrogen inhalation after transplantation: HyIAT法)を可能とするシステムを Miz株式会社と共に構築することができた。このシステムにより次年度はさらに研究を加速させることができると確信している。
H30年度には、現在のHyFACS法をより確立したものとするために、抗酸化作用のみならず、肝細胞ミトコンドリアなどの微細構造の機能的/構造的評価を行う予定である。即ちATP、ADPなど細胞の機能維持に不可欠なエネルギー産生に対する水素分子の効能についての検討を行う。また、水素分子の効能として抗アポトーシス作用が知られており、H29年度に実施した“体外灌流評価系”に加えて、ラット同所性肝臓移植モデルを用いて、種々の保護効果を検討する予定である。更に、冷保存/温再灌流傷害により脆弱である、心停止後摘出臓器、脂肪肝などの拡大適応臓器(Extended Criteria Donor: ECD)の動物モデルを用いて、HyFACS法の保護効果を検討する。これらECDのIRI軽減を、非常に安価でシンプルな本法により可能となれば、世界的規模で進行する深刻なドナー不足を一気に緩和できる可能性を秘めていると考えられる。水素分子は、HydroxyradicalやPeroxynitrite等生体組織に有害な活性酸素種を除去した後に水分子しか生じない、自然界に存在する究極の抗酸化剤であると云える。一方で、”高い物質/組織透過性”、”水への難溶性”、”可燃性”という3つの望ましくない特性を克服しない限り、臨床応用への道は遠い。本研究を通じて、水素の臓器移植領域への応用には、“量的”、“空間的”、“時間的”動態の適正化が鍵となることが明らかとなった。今後は、更なる相加効果を期待して、移植後の水素ガス吸入法(HyIAR法)の併用についても検討を行う予定である。
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 7件) 産業財産権 (2件) (うち外国 1件)
Annals of Surgery
巻: 267(6) ページ: 1126~1133
10.1097/SLA.0000000000002194
American Journal of Transplantation
巻: 17 ページ: 1423~1424
doi: 10.1111/ajt.14254
巻: 17 ページ: 1204~1215
10.1111/ajt.14110
Organ Biology
巻: 24巻2号 ページ: 61-67