研究課題
平成29年度は主として臨床検体を用いた卵巣癌腹膜播種巣における癌関連腹膜中皮細胞(CAM)の存在と共浸潤性を見いだした。具体的成果を以下に示す。卵巣癌腹膜播種巣の手術検体を、calretininとαSMAで免疫科学組織染色を行ったところ、上皮性卵巣癌細胞の下層あるいは周囲にcalretininおよびαSMAが陽性となる領域を77.8%(7/9検体)の症例で認めた。この細胞は腹膜中皮細胞を起源とし、癌間質を構成する癌関連腹膜中皮細胞(cancer-associated mesothelial cells: CAM)であると考え、その役割を解明するために手術検体大網由来の初代細胞(human primary mesothelial cells: HPMC)を抽出・培養し、進行卵巣癌患者の腹水を添加して形態の変化を観察した。その結果、通常培養下で敷石状であるHPMCは、腹水処理にて紡錘形へと変化し、間葉への転換が誘導された。進行卵巣癌患者の腹水(n=18)にてTGF-β1の存在と濃度分布を確認し、TGF-β1がHPMCの形態変化を生じ、E-cadherinの減少、αSMAの上昇、さらにMMP-2、MMP-9の分泌増加とそれに伴う浸潤能亢進を引き起こし、CAMへの変化を誘導する主要因子であることを確認した。また、複数の上皮性卵巣癌細胞株からTGF-β1が分泌されていることを確認した。癌細胞と中皮細胞の3次元腹膜擬似モデルを構築して垂直軸方向への浸潤を評価したところ、HPMCとの共培養では浸潤は見られなかったのに対して、CAMとの共培養では癌細胞と共にCAMが浸潤していく様子を確認した。これらの結果から、腹膜中皮細胞は卵巣癌細胞由来のTGF-β1によりCAMへと変化し、癌細胞が腹膜播種巣を形成する段階において、CAMは協働して浸潤している可能性が見出された。
2: おおむね順調に進展している
本課題は本来防御的な腹膜中皮が卵巣癌関連腹膜中皮細胞に至る腫瘍側からの誘導メカニズムは何か明らかにすることである。具体的な研究過程としては卵巣癌患者の臨床検体(腹水・血清)を用いてメタボローム解析、エクソソーム解析、サイトカインアレーを通じて因子探索のため、包括的解析を行うことである。現在、当初予想していた機能実験系の結果が順調に判明しつつある。臨床検体の採取・解析状況も概ね良好である。
引き続き本課題の以下主要検討3項目を追究する。1)卵巣癌関連腹膜中皮細胞-卵巣癌細胞の直接的クロストークが”Stemness”の維持・腫瘍休眠・覚醒に与える影響を解明する。卵巣癌関連腹膜中皮細胞が癌細胞上のNotch・Wnt・Hedgehog・BMPの各種シグナルを変化させ、“Stemness”の維持や腫瘍休眠と覚醒のスイッチに関与する機序を解明する。2)卵巣癌関連腹膜中皮細胞による腹膜免疫回避メカニズムを解明する。SDF-1αをはじめとした免疫寛容誘導因子の産生を介して、腫瘍関連マクロファージTumor-associated macrophage (TAM)をリクルートする機序を解明する。3)卵巣癌関連腹膜中皮細胞が腫瘍細胞のインターカレーションを誘導する分子メカニズムを解明する。我々は先行研究においてアクチン繊維結合蛋白Fascidnと細胞内モーター蛋白myosinXの2つの分子が協調して、卵巣癌細胞のFilopodia, invadopodia, lamellipodiaの形成に寄与していることを解明した。本研究ではFascin/myosinXアクシスに焦点をあてて腫瘍細胞が卵巣癌関連腹膜中皮細胞の間隙内に協調的に侵入し(インターカレーション)、微少腹膜転移を形成するメカニズムを明らかにする。もし、上述の研究の一部が計画通りに行かない場合には、OCAMによる薬剤耐性獲得・維持の有無、細胞外マトリックスのリモデリング、局所線維化とそれに伴う炎症・組織脆弱性、さらに血管新生に与える影響、など他に癌性腹膜炎化に関与する機能研究に、適宜切り替えて研究を滞りなく遂行する。
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