研究課題
近い将来、人間の早期死亡をもたらす最大の環境要因は大気汚染となり、その中でも特に粒子状物質(エアロゾル)によるものが最も深刻となることが予測されている。特に世界人口の約6割を占めるアジア地域において、人間の生活の質に直結する呼吸器系や免疫系に対する粒子状物質のリスクに係る信頼性の高い科学的知見の蓄積が求められている。本研究では、申請者が独自に開発したサイクロン式大気粒子状物質大量採取装置により得られた粒子中の化学分析と生体有害性評価実験を行い、インド・中国・日本における結果を相互に比較することで、各地域特有の粒子状物質による有害性発現メカニズム解明のキーポイントを明らかにすることを目的とする。平成30年度は、中国における独自型サイクロンサンプラーの設置と採取、およびインドにおいて採取されたエアロゾルの分析を進めた。西安交通大学(中国・西安市)に独自型サイクロンサンプラーを設置し、試運転を完了させた。これと並行して、前年度よりインド国立物理学研究所(インド・ニューデリー)に設置してあるサンプラーにて採取されたエアロゾル粒子の分析を行った。2018年4月~6月の期間に全浮遊粒子(TSP)を7回、PM2.5を6回採取した(大気吸引流量1,200 L/min、吸引時間24 h)。各試料につき、水溶性イオン成分と元素成分の分析を行った。さらに、粒子の有害性の評価手法の一種であるDTT Assay(ジチオスレイトール試験)による酸化能(対象物が他の物質を酸化させる能力)を測定した。その結果、サイクロンで採取されたTSP試料の酸化能は0.45~0.87 μM/min/mgの範囲であり、PM2.5では0.27~0.85 μM/min/mgの範囲であった。今回測定を行った範囲では、粒子の酸化能と強い正の相関を示す化学成分は見つからなかった。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的は、インド・中国・日本に申請者が独自に開発したサイクロン式大気粒子状物質大量採取装置を設置し、それにより得られた粒子中の化学分析と生体有害性評価実験を行い結果を相互に比較することで、各地域特有の粒子状物質による有害性発現メカニズム解明のキーポイントを明らかにすることである。ここまでの2年間において、インド・中国・日本における装置の設置と継続的な稼働体制の構築を完了し、インドについては既にサンプルの分析が進んでいる。そのため、現在までの達成度は、おおむね順調に進展している、と判断した。
粒子採取体制の構築が完了しているインド・中国・日本において採取されたエアロゾル粒子の化学分析および生体有害性評価実験を進める。具体的には、各国における粒子状物質の化学的特徴を明らかにするため、炭素成分、元素成分、水溶性イオン成分の分析を行う。炭素成分は熱分離光学補正法、元素成分はエネルギー分散型蛍光X線分析法、さらに水溶性イオン成分はイオンクロマトグラフィーをそれぞれ用いて分析する。これらの成分分析により、粒子状物質の質量のうち約9割を把握することができる。これと同時に、エアロゾル粒子中に存在し、生体有害性に影響があると考えられるβ-グルカンやエンドトキシンなどの生体由来物質の測定を進める。得られた粒子状物質の生体有害性評価として、DTTアッセイおよびAAアッセイを行う。いずれの方法も、ジチオスレイトール (DTT) またはアスコルビン酸 (AA) の消費量を測定することによって粒子状物質の持つ酸化能を評価するものであり、有機過酸化物や遷移金属などの酸化剤に対して高い感度を有するが、同一サンプルに対するDTTアッセイとAAアッセイの結果が異なることが報告されている。結果の解析にあたってはこれらの特徴を踏まえてより多角的な粒子状物質の有害性評価を行う。さらに得られたサンプルセットの化学成分と酸化能データの統計解析を行い、粒子の有害性に寄与する成分の同定を進める。得られた成果は国内外の学会において発表し、国際的な学術誌への論文の投稿を行う。
すべて 2018 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 4件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
http://www.applc.keio.ac.jp/~okuda/research/index.html