研究課題/領域番号 |
17H04526
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研究機関 | 公益財団法人古代学協会 |
研究代表者 |
田中 俊明 公益財団法人古代学協会, その他部局等, 客員研究員 (50183067)
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研究分担者 |
徐 光輝 龍谷大学, 国際学部, 教授 (70278498)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中国東北フロンティア / 古代朝鮮 / 玄菟郡 / 楽浪郡 / 遼東郡 / 高句麗 / 夫余 |
研究実績の概要 |
2019年度は、6月に中国浙江省8日間(代表田中・連携井上直樹)、8月に韓国5日間(代表田中)、12月に中国山西省(分担徐光輝)の海外調査をした。浙江省は、研究対象である中国東北の玄菟・楽浪とは対極にある中国東南におけるフロンティア開発(会稽郡など)との比較研究を目的とした現地調査であり、韓国においては協力者鄭仁盛と楽浪支配をめぐる問題について相互の認識を確認し(招請しての研究会が実現せず)、国立大邱博物館ほかで資料調査を行った。分担者徐の山西省調査は各地における先秦城郭の調査が中心である。そこまでは2019年内で、順調に推移し、あとは前年までと同様に、3月までに遼寧省・吉林省の漢代土城を中心とした現地調査を残すのみであったが、コロナ禍のために実現しなかった。実現した調査地は、浙江省では杭州・紹興・寧波などの関連遺跡調査と浙江省博物館・紹興博物館・寧波博物館・舟山博物館などでの資料調査、韓国では国立大邱博物館のほか国立金海博物館での調査、および善山・忠州・安城などの楽浪郡の支配が及んだ地域、また影響のあった地域を調査した。いっぽう国内については、8月に東京国立博物館において、所蔵の楽浪郡治址ほか出土の封泥の調査を行った(代表田中・連携井上)。国内遼寧省・吉林省調査のために残しておいた予算は、その後2020年度・2021年度と実現させることができず、結局、物品費に使うことになったのは極めて残念であった。メンバーとの十分な討議時間もとれないまま、延長期間に、『古代文化』73巻1号・2号に、特輯「古代中国の東北フロンティア開発と遼東郡・玄菟郡・楽浪郡」上・下を組み、代表田中・分担徐、連携井上・鄭・東潮が個別論文を発表した。田中は「特輯に寄せて」上・下で本研究の趣旨・意義を述べ、論考「夫余の漢文化受容と遼東郡・玄菟郡」で、課題に即応するかたちの夫余在地社会の変容について述べた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的はそもそも古代における中国諸王朝(戦国燕~後燕)の東北フロンティア開発の先端基地であった遼東郡・玄菟郡・楽浪郡の位置と変遷を、現地調査を踏まえて詳細に検討すること、および、そうした中国王朝の東北フロンティア開発によって興起したといえる高句麗・夫余などのいわゆる「東夷」諸国の状況を把握することである。 2018年度までの調査によって、遼東郡・玄菟郡関連遺跡についてはほぼ網羅的に確認した。県城として比定されているもので、未調査は新賓の白旗堡古城くらいとなった。その意味では順調に調査ができてきたのであり、調査成果と、中国等におけるこれまでの調査・研究状況を総合・整理する段階に近づいていた。2019年度には、残している白旗堡古城のほか、直接、遼東郡・玄菟郡と関わるのかは不明ながら、特に吉林省に多く残された平地土城を調査し、さらにフロンティア開発の対象となった、在地勢力としての夫余・高句麗などの調査を進める予定であった。しかし、そうした調査がまったく無理になり、現地の調査を断念して、既往の諸調査・研究を集成して整理することとし、年度がくだるが、田中は「夫余の漢文化受容と遼東郡・玄菟郡」(『古代文化』73巻1号)を公刊し、分担者や連携の諸氏にも、論考の発表を求めて特輯号(1号・2号あわせて)を組んだのであった。東潮「遼東の帯鉤」、徐光輝「遼寧地方の集落考古学研究」がそうした成果である。 楽浪郡については、韓国におよぶ部分はこの年度も調査を進めることができたが、問題は、郡治のあった平壌および、その周辺の地域であり、つまり北朝鮮にある関連遺跡である。これも調査は無理となり、やはり既往の諸調査・研究を集成して整理することを中心とせざるをえなくなった。こちらは井上直樹「北朝鮮における楽浪郡研究」および鄭仁盛「考古学からみた衛満朝鮮国の王険城」がそれに関わる成果をいえる。
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今後の研究の推進方策 |
中国諸王朝(戦国燕~後燕)の東北フロンティア開発をあとづけるためには、遼東郡・玄菟郡・楽浪郡の具体的な変遷を知らなければならないが、それには各県城の位置・立地・規模・構造・遺物の年代等の追究が不可欠になる。さらに県城と他の県城とを結ぶ交通路についても、あわせて知る必要がある。 その点を意識してこれまで調査を進めてきたが、2020年初以来、困難となり、今後も研究期限内には無理であると考えられる。国内における現地調査は、楽浪郡との関わりを見いだせるものもあるが、ほんらいの課題に即していえば、副次的でしかない。 本科研としてこれまで2017年度・2018年度、および2019年と現地調査を進めてきたが、その成果を土台として、実際に調査できない対象地も含めて、既往の研究や報告書などを総合し、位置・立地などを確認し、遺物も精査し、総合的に検討を加える必要がある。また当然ながら、その前提となる、中国正史の東夷伝を中心とする関連史料の精密な検討が必要である。『魏志』東夷伝の前半部分(夫余・高句麗など)は、田中が以前に公刊しているが、韓伝・倭人伝についても詳細な訳注を作成して、刊行をめざしたい。その際には、延長された期限のなかで、上記のように、共同研究のメンバー諸氏によってすでに論考が発表されており、そこには現地調査の成果も取り込まれている。文献の追究には、そうしたこともふまえてさらに精査して、『魏志』東夷伝訳注として刊行したいと考えている(吉川弘文館から刊行が決定済み)。
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