本研究は,性的形質の緯度クラインを対象に,性淘汰の環境依存性が性的形質の多様化をもたらす進化生態学的機構を解明することを目的としてきた.材料は,雄交尾器形態に緯度クラインが見いだされた,朝鮮半島産のツヤオサムシ類(昆虫綱,甲虫目,オサムシ科)である. 2017年から2019年に計4回の調査を行い,韓国国内の75地点から740サンプルを採集した.この後コロナ禍による混乱のため,2020年の調査を行うことが出来ず,既存のサンプルのみで以降の解析を行うこととした. 雄交尾器形態の形態学的解析と測定により,雄交尾器のサイズが低緯度ほど大きくなることを統計的に示し,性的形質の緯度クラインを確認した.しかしながら,最も南部の済州島の集団だけはその傾向から外れることも見いだした. ミトコンドリアのND5遺伝子と核のPepCk遺伝子の塩基配列にもとづく集団遺伝解析,分子系統学的解析により,集団の遺伝的分化とその歴史的過程を検証した,多くの集団は単系統にならず,集団間の分化は大きくなく,集団内の遺伝的多様性が比較的大きいことが明らかとなった.また,分子系統樹からは,朝鮮半島には北方から複数回の侵入が生じ,その度に既存集団との交雑が生じたことが示唆された.しかし,特異な交尾器サイズを持つ済州島の集団は,単一起源であると推定された. これらの結果から,ツヤオサムシの交尾器形態に見られる緯度クラインの成立には,歴史的要因が大きく寄与することが示唆された.
|