2019年初頭に端を発した新型コロナウイルス感染症の世界的拡大によって、本科研費は2021年度まで繰越を重ねたが、2019年3月にインドネシアジャワ島東部のPang-Pang湾において現地調査を行うことができた。U字形をしたこの湾の海岸に5定点を設け、干潮時に泥質の状態と底生珪藻類の出現を調べた。また、満潮時には湾口から湾奥までを直線に結ぶ5定点を設け、底生珪藻類の水柱への懸濁状況、および基礎生産への貢献を調べた。 干潮時の海岸のサンプリングでは、国立公園内のマングローブ原生林が広がる湾の東岸において底質のクロロフィル量が有意に高かった。底質の底生微細藻類群集はほぼ珪藻類で占められ、合計56種が電子顕微鏡観察によって確認された。これらの出現が有意に高かった東岸では、底質の酸化還元状態を示すORPの値が有意に高く、活発な光合成によって底質が酸化状態に保たれていた。その一方、エビ養殖場と村落が隣接する西岸は底生珪藻類の多様度が低く、底質の状態も良好ではなかった。底生珪藻類の食物連鎖への寄与を調べるために、巻貝(Telescopium telescopium)の胃内要物を調べた結果、底質に豊富に出現した珪藻種(Navicula agnitaおよびGyrosigma sp)が捕食されていることを確認した。 満潮時の調査では、湾奥のマングローブ原生林に隣接する地点において、極めて高い栄養濃度とクロロフィル量が確認された。パルス変調蛍光法を用いて基礎生産速度を調べた結果、湾奥では高いクロロフィル量と高い光合成活性が認められるものの、高い濁度によって水中への光の透過が妨げられ、湾口よりも水中基礎生産速度は低くなった。 以上の結果は、健全なマングローブ林が豊かな底生珪藻類を宿し、それが水柱にも懸濁し、沿岸の基礎生産全体を支えていることを示唆する。
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