ヘッドホン/イヤホンを用いて頭の外に仮想音源を定位させる頭外音像定位技術は、3Dサラウンドシステムなどのエンターテイメント分野だけでなく、視覚障害者の歩行を支援する音声案内システムなど、福祉の分野への応用も期待されている。しかし、これまでの頭外音像定位研究は、通常のヘッドホン/イヤホンの使用を前提としており、鼓膜を介して音を聞く気道音によるものが殆どである(以下、通常のヘッドホンを気道ヘッドホンと呼ぶ)。 近年、耳を塞ぐことのない骨伝導ヘッドホンを用いた「骨導立体音像定位」に関する研究も行われているが、その多くは、気道ヘッドホンの場合と同様、頭部伝達関数(HRTF)を畳み込んだ信号を骨導アクチュエータにより側頭骨から呈示するだけである。しかし、骨を直接加振する骨伝導ヘッドホンでは、気道ヘッドホンの場合と音の呈示位置が明らかに異なり、音の伝達経路も異なるため、HRTFを畳み込んだ信号をそのまま骨導アクチュエータで呈示しても、高い定位精度を実現するのは難しい。 本申請研究では、歪成分耳音響放射を利用して「気道伝達特性(外耳道入口から蝸牛までの伝達特性)」と「骨導伝達特性(骨導アクチュエータの加振部位から蝸牛までの伝達特性)」を推定する手法、及びそれらの伝達特性差を利用して骨伝導によって高い定位精度を実現するための信号処理アルゴリズムを検討した。その結果、気道/骨導伝達特性の差を補正するための前処理フィルタを構成することで、定位精度が従来の35%から60%まで向上し、提案法の効果を確認できた。しかし、現状での定位精度は約60%に留まっており、今後、更なる検討が必要である。
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