研究課題/領域番号 |
17H04731
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
伊東 啓 長崎大学, 熱帯医学研究所, 助教 (80780692)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 薬剤耐性 / 進化 / シミュレーションモデル / 公衆衛生 / 感染症 / 社会ネットワーク / 意思決定 |
研究実績の概要 |
本年度の前半(4月~9月)は、スイス連邦のバーゼル大学動物学研究所環境科学科に客員研究員として滞在し、研究を進めた。ここではホスト-パラサイト間の共進化動態に造詣の深いD.Ebert教授に受け入れていただいた。Ebert教授はホスト-パラサイト間の感染相互作用と、その共存メカニズムに関する実証研究で世界をリードする研究者であり、本研究課題で取り扱う創薬と病原体の耐性化という共進化そのものをどうモデルで表現すべきか、有意義な議論を展開することができた。さらに、10月からは長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野に着任し、日本の感染症研究の前線で研究を進めることができた。 具体的な今年度の業績としては、査読付き国際学術誌に7報(うち筆頭著者論文3報)を発表した。これらの発表論文の中でも、Applied Mathematics and Computation誌に掲載された根治不能な性感染症の数理モデルは、現実的な性接触のネットワーク構造を取り入れた性感染と、母子感染を同時に考慮したものとしては世界初のモデルであり、大学ジャーナル・オンラインのニュースにも取り上げられた。このモデルは治療不能な性感染症の感染動態を再現するという意味では、近年増えつつある薬剤耐性を持つ性感染症(薬剤耐性梅毒や薬剤耐性クラミジアなど)の拡散リスクを理解する上で、社会的要求度の高いインパクトのあるものになった。また、学会発表は日本生態学会全国大会などで計4度実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は代表者の伊東を筆頭著者として薬剤耐性病原体の拡散リスクを数学的に導く数理モデルを発表できたという点で、明確な成果を一つ残せたと考えている。このモデルは、世界で初めて、性感染と母子感染を同時に考慮し、世代を超えて感染を広げる根治が不可能な性感染症の拡散予測を可能にするモデルである。その際、男女間の性接触頻度はスケールフリー構造を持つという疫学的知見を利用してモデルが構築されている。近年は梅毒や淋病、クラミジアなど様々な性感染症で薬剤耐性菌が確認されているため、これら根治が難しい性感染症の蔓延予測は社会的要求度の高い事案であると考えている。一方、このモデルには投薬による病原体の進化の概念が導入されていないため、今後は進化のプロセスを導入した数理モデルの開発が求められる。したがって、本研究は概ね順調に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画では、病原菌の側面から、最適な感染力を導出し、それがヒト側の薬剤投与戦略とどのように関連しているか検証するという方針であった。その場合は、生物学的な環境変動の概念から、病原菌の感染力にどのような進化的駆動が働くか検証することができる。しかし実際には、ヒトの意思決定におけるジレンマ構造が抗生剤の使用と耐性菌の拡散に深く関わっている。個人は病気になった時、「自分や家族には抗生剤を処方してほしいが、耐性菌の拡散を防ぐために他人には抗生剤の使用を控えてほしい」という利己的欲求に晒されるため、「自分だけが抗生剤の使用を我慢するのは損」という判断の積み重ねが抗生剤の過剰使用を促していると考えられる。そこで、今後はこれまでの計画と共に、このような薬剤使用における社会ジレンマが耐性菌の蔓延に及ぼす影響も数理的に解明していく。これにより、実社会における耐性菌の拡散問題を論じることを可能にする。
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