研究課題
心臓は,一生涯拍動を続ける血液ポンプである.そのポンプ機能は,心筋細胞の律動的な収縮・弛緩によって支えられている.正常な心筋細胞には,形質膜が細胞の収縮方向と直交する方向に陥入した管状構造(T管膜)が,サルコメアの間隔で周期的に存在する.T管膜構造は,筋小胞体カルシウムストアと近接しており,膜電位変化を瞬時に筋小胞体からのカルシウム放出に変換して,細胞内のサルコメアの同調した動きを実現している.そのため,T管膜構造の崩壊は,重篤な心不全の発症につながる.しかしながら,T管膜の支持機構については依然として不明な点が多く,崩壊の詳細なメカニズムは明らかになっていない.本年度は,心筋細胞のT管膜構造の支持機構及び崩壊機序の解明に向けた基盤技術の開発を中心に研究を推進した.まず,心筋細胞の変形時のT管膜構造の力学挙動を計測するために,細胞引張試験装置の改良を行った.2台の三次元電動マイクロマニピュレーターを連携させることで,単離した心筋細胞に対して定量的な負荷を高い精度で与えることが可能になった.細胞膜の力学的特性の計測には,光ピンセットシステムを用いた.細胞膜に作用するpNオーダーの微小な力の検出に成功した.さらに,生体内の心筋細胞のT管膜構造を把握するために,心臓から細胞を単離せずに心臓内のT管膜構造を観察する実験系を構築した.心臓保護液を灌流させながら膜染色と観察を行うことで,心臓を化学固定をせずに,T管膜を観察することに成功した.
2: おおむね順調に進展している
当初,単離した心筋細胞への伸展負荷には,構築済みの細胞引張試験を用いる予定であった.しかしながら,使用していたマイクロマニピュレーターの高さ方向の操作性が悪く,心筋細胞の把持に成功する確率が低かった.また,長時間の実験においてアクチュエーターの動きが安定せず,心筋細胞へ定量的な負荷を与えることが困難であった.これらの問題点を解決するために,アクチュエーターとしても使用可能な三次元電動マイクロマニピュレーターを導入したところ,実験の成功率が改善された.さらに,三次元電動マイクロマニピュレーターを追加し,2台のマニピュレーターを連携させることで,実験の成功率に加え,再現性も向上した.光ピンセットシステムの選定を慎重に行ったこと,またそのシステムの納入が当初の予定よりも遅れたこと,さらに高速波長切り換え装置が故障したことにより,当初予定していた実験の一部を十分に行うことが出来なかった.所望の実験機器を使えない間は,タンパク質の相互作用の解析や心筋細胞の成熟に伴うT管膜形成過程の観察など,今後行う予定の研究の予備実験を進めた.さらに,マウス以外の生物種の心臓に関しても基礎的なデータを収集できた.新たな研究スタッフの雇用を当初計画していたが,研究室の既存のスタッフや大学の専門技術職員の方々から協力を得られ,また,研究の進展に伴って新たな物品を購入する必要性が生じたため,人件費・謝金を物品費に変更して研究を推進した.予期していないトラブルによる研究の遅延もあったが,総合的に考えれば,おおむね順調に進展していると言える.
平成29年度に構築した実験系を駆使して,心筋細胞のT管膜構造の支持機構及び崩壊機序の解明を進めていく.正常な心臓ポンプ機能を示すマウスの心筋細胞に加え,心不全を誘導したマウスの心筋細胞の解析を進める.
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 産業財産権 (1件)
Kawasaki Medical Journal
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
-
Scientific Report
巻: 7 ページ: -
10.1038/s41598-017-04823-1