本年度は、新型コロナウイルスの影響により、当初予定していたトレーニング実験から予定を変更し、適応的移動運動(adaptive locomotion)に関する基礎的研究を行った。スポーツや日常生活における歩行や走行の移動運動において、障害物跨ぎ歩行のように、視覚により複雑な環境を認知し、その環境に応じて行われる身体制御は適応的移動運動と呼ばれる。実生活環境の複雑さに対して、先行研究における障害物跨ぎ歩行実験で用いられる実験系は、単純な形状をした障害物が用いられることが多く、複雑な状況における情報処理や、左右脚間の相互作用に関する知見は限られていた。そこで本研究では、右脚と左脚が跨ぐ障害物の高さが同一とは限らない環境下での、障害物跨ぎ動作時の足部制御様式を明らかにすることを目的として実験を行った。 健常成人16名を被験者として、1)右側と左側で高さが異なる階段状の障害物、および2)前額面で斜めの断面を持つ障害物、を跨ぐ実験を行った。それぞれ、右脚を先行脚、左脚を後続脚とした。両実験に共通して、跨ぎ越す足の直下の障害物の高さが低い状況であっても、左右に高いオブジェクトが存在する条件では、被験者は高く足を挙げていた。また、障害物の形状が斜めであった場合には、障害物とのクリアランスを確保するための、左右方向の足部の変位が観察された。これらの結果から、跨ぎ越す足の鉛直クリアランスのみが制御対象となっているのではなく、複雑な環境を総体として捉え、安全な歩行戦略がとられるということが示唆された。
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