研究課題
フェルダジルラジカルへの原子置換を利用した緻密な分子設計により、分子軌道の形状とその重なりを制御し、多彩な新規磁性体の実現に成功した。フェルダジル系金属錯体[Zn(hfac)2][4-Cl-o-Py-V-(4-F)2]では,非磁性である Zn2+にフェルダジルラジカル4-Cl-o-Py-V-(4-F)2を配位させた。磁性源はラジカルのS=1/2のみとなっており、純有機磁性体と同様な観点から構造および物性を考察することができる。単結晶X線構造解析によって明らかになった分子配列においては、一次元的な積層構造の形成が明らかになった。実際に、分子軌道計算からは一次元的な強磁性相関が見積もられた。磁化および比熱の実験結果も強磁性鎖として説明することができ、ラジカル系としては珍しい一次元強磁性鎖の構築を実証した。フェルダジルラジカルをカチオン化することで、電荷移動塩の合成に取り組んだ。良質な単結晶の育成に成功した(o-MePy-V)PF6は、メチル基を配位させることでカチオン化したフェルダジルラジカルをアニオンであるPF6-1と組み合わせることで電荷移動塩を形成している.分子軌道計算の結果からは、フェルダジルラジカル間に働く6種類の磁気相関によってS=1/2正方格子の形成が予想された。さらに、結晶構造の対称性から2種類のスピンサイトが存在している。また、四角形にも2パターンがあり,強磁性相関と反強磁性相関の競合によりフラストレーションが生じていることが明らかになった。磁化曲線においては、極低温下においても緩やかな増加を示す特異な振る舞いが観測された。数値解析によって、磁場による量子揺らぎの増大に起因することを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
フェルダジルラジカルへの分子設計を通して、多数の新規磁性体を合成することに成功した。さらに、金属錯体や電荷移動塩へと展開することで、これまでに実現していなかった新たなスピンモデルの構築にもつながっている。いくつかの新規磁性体に関する研究成果は、学術論文への掲載に至っている。特筆すべき成果としては、フェルダジル系電荷移動塩により複数のS=1/2フラストレート系正方格子を実現した。近接相関のみから成っており、強磁性相関と反強磁性相関の競合によって、フラストレーションが生じている。そのようなモデルは理論研究でさえもまだ十分には行われていない。配位数は2次元フラストレート系のフラッグシップともいえるカゴメ格子と同等であることから、高い量子性による新奇量子状態の実現が期待される。実際に(o-MePy-V)PF6では、フラストレーションの効果によって、磁場を加えることで量子揺らぎが強められる、という特異な量子現象の発現を観測した。これらの物質で得られた知見を分子設計へとフィードバックさせることで、新たなフラストレート系正方格子の実現にも繋がっている。量子スピン系における新たな研究テーマを提唱した。
これまでの物質設計では、主にフェルダジルラジカルの一つのフェニル基に対して、水素原子のハロゲン原子による置換を行ってきた。原子半径と置換位置の組み合わせにより、分子軌道の設計を可能にし、物質設計の知見を深めてきた。これまでに、他の2つのフェニル基への原子置換にも取り組んで、有効な合成スキームを確立した。今後の方針としては、全てのフェニル基への原子置換と組み合わせることで、莫大な数の磁性体の合成を可能にする。物性測定結果からのフィードバックを活かして、効率的な磁性体デザイン行う。また、金属錯体や電荷移動塩への展開とも組み合わせることで、スピンサイズや磁気異方性の変調、さらには多種多様なアニオンの物性を取り込んだ新奇磁性体を実現する。具体例として、これまでに実現に成功している正方格子フラストレート系を構築する分子構造に対して、極性変化が小さなハロゲン原子を置換することで、磁気相関を僅かに変調させる。それによって、フラストレーションの効果が強まるように磁気相関を設計し、量子状態の発現を容易にする。それらの一連の物質に対する物性測定の結果を比較することで、フラストレーションの効果を反映した量子物性を検証する。必要に応じてESRやNMRの測定を行うことで、スピンの量子状態に関する詳細な知見を得る。
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