これまでの様々な技術の発展から、遺伝学的、および生化学的に複雑な脳神経回路が解き明かされてきた。一方で、記憶に代表されるような、限られた記憶神経が司る神経ネットワークを理解するためには、シナプス間結合のある神経のみを標識し、それらを操作する方法論の樹立が必要不可欠であるが、そのような試みはされてこなかった。本研究では、記憶に関わる特定の神経がシナプス接続する神経を、順行性に標識する手法を確立することを目標とした。 方法論として、細胞表面の受容体であるNotchを用いた人工タンパクを取り入れた。Notchは隣接する細胞の膜表面で発現するDelta等のNotchリガンドと結合する。Deltaとの結合により、Notchはγセク レターゼによる切断をうけ、Notchの細胞内ドメインが遊離する。Notchの改変を行うことが可能で、細胞外ドメイン(受容部)をラクダ由 来の重鎖のみの特殊な抗体であるNanobody(CD19タンパクを認識する抗体)と置換し、さらに細胞内ドメインを転写因子Gal4 と置換した。これを活用し、CD19を細胞表面に提示する細胞を隣接させると、CD19 と抗CD19 Nanobodyが結合することでNotchが切断され、Gal4依存的な蛍光タンパクの発現が誘導される。この人工タンパクをin vitroで最適化し、ショウジョウバエを用いて順行性のシナプス標識を実現させた。以上のように本研究で、順行性神経標識法という新規手法を確立した。今後、本手法を用いて特定のシナプス接続に焦点を絞った解析を進めていくことで、脳神経回路の更なる理解に発展させる。
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