神経変性疾患の原因となるCAGリピート配列から生じる開始コドン非依存的な翻訳機構の解明を目指し以下の実験を実施した。まず、開始コドンATGに続く69塩基の直後にCAGを81回反復した解析用遺伝子を構築した。この遺伝子では、CAGフレームで翻訳されるポリグルタミンをFLAGタグ、AGCフレームで翻訳されるポリセリンをHAタグ、GCAフレームで翻訳されるポリアラニンをMycタグで検出できるように設計した。さらに、開始コドンATGをTTTに置換することで開始コドン依存的な翻訳が生じないように細工した遺伝子と、CAGリピートの直前にTAAGTAAGTAAを挿入することで開始コドンからの翻訳がCAGリピートの直前で停止するように細工した遺伝子を構築した。これらの遺伝子を申請者が開発したヒト因子由来「再構成型タンパク質合成系」で翻訳した結果、細胞内で観察されるRAN翻訳が再構成型タンパク質合成系でも忠実に再現できることが明らかになった。これはすなわち、RAN翻訳は、mRNA、リボソーム、翻訳開始・伸長・終結などの翻訳関連因子群に依存するということであり、実験系を複雑な細胞系から限られた因子で定義された再構成系に移行できることを示す結果であった。そこで次に、RAN翻訳の開始点の解明を目指し、再構成系で翻訳したRAN翻訳産物の精製と質量分析を実施した。FLAGタグで検出されるRAN翻訳産物を精製することができたが精製量が少なく良好な質量分析結果が得られていないため、実験系の最適化が今後の課題である。上記の様に本研究では、ヒトの神経変性疾患の原因となるRAN翻訳を限られた因子で定義されたヒトの再構成型タンパク質合成系で再現・解析できるようにした。RAN翻訳の機構解明には至らなかったが、神経変性疾患の治療法の開発につながる分子機構解析のための技術基盤を確立できた。
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