研究課題/領域番号 |
17H05029
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
吉永 直子 京都大学, (連合)農学研究科(研究院), 研究員 (40456819)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | イリドイド / 配糖体 / β-アラニン |
研究実績の概要 |
クチナシ由来イリドイドgardenosideを摂食したハスモンヨトウの解毒機構の詳細を明らかにした.Gardenosideはハスモンヨトウ腸管内でβ-グルコシダーゼにより開環し,タンパク質等に非特異的に吸着することで毒性を発揮する.これに対し,ハスモンヨトウは腸管内に多量のβ-アラニンを誘導し,競合的に結合させることで毒性を中和することがわかっていたが,どのようなメカニズムでβ-アラニンを誘導するのかはわかっていなかった.そこで,クチナシ葉抽出物を用いたβ-アラニン誘導化合物を精製・同定した.予想ではβ-グルコシダーゼによって遊離したgardenosideアグリコンにβ-アラニン誘導活性があると思われたが,予想に反し,遊離したグルコースにβ-アラニン誘導活性があることが明らかになった.グルコースはクチナシに限らず様々な植物に普遍的に含まれることを考えれば,驚くべき発見である.イリドイドに対抗してアミノ酸を分泌する鱗翅目は他にも多数報告があるが,糖に応答してアミノ酸を誘導したとする報告は無く,新しい知見である.しかも,ハスモンヨトウはグルコースだけでなくマンノース等,他の糖にも同様に応答してβ-アラニンを誘導した.β-アラニンはイリドイドだけでなくグルタルアルデヒド様の毒性を持つ植物二次代謝物に対しても同様に無毒化できると考えられ,幅広い食性を持つハスモンヨトウがより普遍的な植物有毒成分配糖体に適応している可能性が出てきた.一方,無毒な植物でも糖を含有する場合,無駄にβ-アラニンを誘導することになるが,そのことが生理的に不利に働く可能性もある.キャベツはハスモンヨトウの主食となりうるが,糖が多量に含有される.実際にキャベツを食べたハスモンヨトウでβ-アラニンの誘導を確認したが,生育速度は他の野菜を食べた場合と比較して有意な差は見られなかった.ハスモンヨトウの優れた解毒戦略がまた一つ明らかになりつつある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ハスモンヨトウの驚くべき解毒戦略が明らかになってきた.広食性昆虫は狭食性昆虫と異なる戦略を取ることが予想されていたが,狭食性昆虫の研究に比べて遅れている面がある.本研究では,ハスモンヨトウが解毒物質β-アラニンを誘導するにあたって,糖に誘導活性があることを発見した.普遍的な解毒戦略を説明しうる,全く新しい知見であり,予想外の展開になった.今後の研究を進める上で極めて重要な成果である. 一方,計画では一年目に終わらせる予定だったFACs生合成酵素の同定については,あと一歩及ばず,現在,スケールアップして酵素精製を進めている.MALDI-TOF-MSにより解析する手法を確立できたことは重要な成果であり,引き続き,同定を試みる.
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今後の研究の推進方策 |
ハスモンヨトウにおいて糖がβ-アラニン誘導を引き起こすことの生態学的意義について検証を進める.ヒトリガ科の幼虫の口器にあるmedial styloconic感覚子にある神経細胞がイリドイドと糖を認識することが報告されている.ハスモンヨトウにおいても同様のメカニズムでシグナルとして糖が認識されることでβ-アラニンが誘導されるのかを確認する.また,糖そのものが代謝されてβ-アラニンに変換されている可能性もあり,13Cラベル体の糖を摂食させてβ-アラニン及び他のアミノ酸のラベル化率を比較する.狭食性昆虫,広食性昆虫の対象を広げて,糖に対してβ-アラニンの誘導がどれほど一般的なのかを明らかにする. また,ハスモンヨトウの大量飼育を行い,FACs生合成酵素のアミノ酸配列の同定を進める.データベース依存の同定が難航したことから,MALDI-TOF-MSで精製タンパク質のペプチド断片を解析し,確実な配列情報に結びつけることを第一の目標とする.
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