研究課題
単純ヘルペスウイルス(HSV)は代表的な大型DNAウイルスであり、ヒトに脳炎、性器ヘルペス、眼疾患など、多様な病態を引き起こす。抗HSV剤が開発された今日においても、脳炎患者の70%は社会復帰できないか死亡する。また、性病としてもHSVの重要性は高く、国内の性感染症報告数において、クラミジアに続く第2位である上、根治不能のため患者は垂直感染・水平感染の不安と直面している。したがって、HSVは医学上極めて重要なウイルスであり、HSV研究の重要性は明らかである。周知の通り、蛋白質のリン酸化反応は、全細胞機能の約70%以上を制御する。増殖を宿主細胞に依存するウイルスにとって、リン酸化制御機構のハイジャックは、極めて効率的な戦略であると考えられる。実際、HSV感染はPK活性を著しく活性化することから、1980年代にはHSVによるリン酸化制御機構を介した高度な宿主細胞制御機構が予見されていた。しかしながら、今日にいたっても、HSVが宿主細胞のリン酸化制御機構をハイジャックする分子機構には不明な点が、多数残されている。本研究では、宿主プロテインキナーゼ(PK)の阻害剤ライブラリーと簡便かつ敏速なHSV子孫ウイルス産生量モニターリングシステムを併用したドラッグリプロファイリングによるHSV増殖を司る宿主PKの探索を実施した。その結果、HSV病態の主要な標的組織を反映するであろうヒト上皮系細胞において、細胞毒性(CC50)とHSV阻害活性(IC50)の比率(SI)が、100倍以上の宿主PK阻害剤を見出した。本治験は、同定した阻害剤の標的PKが、HSV生活環において重要であること、新規抗HSV剤の標的分子となりうる可能性があることを示すと考えられる。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、HSV増殖を司る宿主細胞リン酸化制御機構を解明するため、(i) HSVがコードするPKに関するリン酸化プロテオーム解析、(ii) 宿主PK阻害剤ライブラリーを用いたドラッグプロファイリング解析、(iii) ゲノム編集を用いたキノーム解析を実施している。(i)の解析より、HSV PKの宿主標的分子の網羅的な同定を完了した。(ii)の解析より、HSV病態の主要な標的組織を反映するであろうヒト上皮系細胞において、細胞毒性(CC50)とHSV阻害活性(IC50)の比率(SI)が、100倍以上の宿主PK阻害剤を見出した。また、グルコースやアミノ酸などの栄養源を感知し、細胞の増殖や代謝、生存における細胞調節機構の中心的な役割を果たすmTORが、HSVの脳炎発症も司ることも明らかとした。(iii)の解析に関しても、独自のgRNAミニライブラリー作出し、スクリーニングを開始した。以上の結果より、本研究は、おおむね順調に進展していると考えられる。
現在までの研究成果を基盤として、さらに発展させるため、今後は以下の項目を推進していく予定である。(i) ドラッグプロファイリング解析により同定された細胞毒性(CC50)と薬効(IC50)の乖離(SI)が、100倍以上認められた宿主PK阻害剤に注目し、標的PKの解析を加速させるため、ゲノム編集法により標的PKのKO細胞を樹立する。その後、文献情報を考慮の上、標的PKの各基質に関しても、様々な細胞生物学的手法を駆使し、HSV増殖との関連を解明する。(ii) HSV脳炎の発症への関与が示唆された宿主PKであるmTORに関しては、如何なる分子機構でHSV脳炎を制御しているのか生体レベルにおける解析を試みる。低分子化合物を用いた解析、関連の機能的な抗体を用いた解析等も取り入れ、多面的な解析を試みる。(iii) リン酸化プロテオーム解析により得られたHSV PKの新規宿主細胞基質に関しても、リン酸化部位特異的な解析手法を駆使し、培養細胞レベルと生体レベルにおける本リン酸化制御機構の生物学的意義の解明を試みる。また、リン酸化プロテオーム解析より得られた細胞レベルにおけるHSV PKの標的配列に関しても、バイオインフォマティクス解析を取り入れつつ取りまとめを行っていく。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件、 オープンアクセス 7件) 学会発表 (27件) (うち国際学会 10件) 備考 (1件)
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