研究課題
プラス一本鎖RNA ウイルスは、感染細胞内において小胞体膜の構造変化を誘導し、同時に脂質代謝を制御することで、特殊な小胞膜構造である複製ファクトリーを形成し、ゲノム複製をおこなうことが知られている。しかしながら、その小胞膜の構造的および機能的役割を担う脂質成分についてはほとんど未解明である。研究代表者はこれまでに、ヒトに病原性を持つピコルナウイルス・フラビウイルス・C 型肝炎ウイルス等のRNAウイルスのゲノム複製が、異なる生化学的性状を持つ脂質によって制御されていることを明らかにしたことから、どのような脂質種が複製制御に関与しているかを明らかにすることを目的とした。平成29年度は、包括的リピドミクス解析を用い、細胞内に微量に存在し検出が困難なホスファチジルイノシトールリン酸を含むグリセロリン脂質について、高感度なMRM/SRM法を用いて定量解析をおこなった。C型肝炎ウイルスの感染細胞においては、既知の因子であるホスファチジルイノシトール4-リン酸の上昇が認められた一方、ピコルナウイルスであるA型肝炎ウイルスやフラビウイルスであるデングウイルスの感染細胞においては全く異なる種類のグリセロリン脂質の変動が観察された。ウイルス複製に重要であることが既に知られているスフィンゴ脂質についても網羅的解析を行った結果、ピコルナ・フラビ・C型肝炎ウイルス感染細胞のいずれにおいても普遍的に変動する脂質を複数同定することができた。これらの解析を通して、異なるウイルス間で普遍的に変動するスフィンゴ脂質およびウイルス特異的に増加するグリセロリン脂質を多数同定することができた。これらの同定された脂質について、複製ファクトリーにおける構造的、機能的役割の解析を現在進めている。また、感染細胞においてウイルスがどのような分子メカニズムを介して脂質代謝を制御しているのかについても解析を進めている。
2: おおむね順調に進展している
ウイルス複製は細胞内の小胞体由来膜の限局した構造内でおこなわれ、また微量な脂質種の変化がウイルス複製において重要な役割を果たす可能性も考えられることから、その微細な変化を定量的に捉えることは容易ではないことが想定された。しかし、高感度定量法を駆使することで、微量な変化を含めた包括的な脂質の変動を検出することができたことから、今後焦点を当てるべき脂質代謝経路および脂質種が明確になったといえる。また、当初はウイルス特異的に変動する脂質種がほとんどであることが予想されたが、異なるウイルス間で同様に変動する脂質種を見出せたことにより、RNA ウイルス感染に対する普遍的な新規治療戦略を開拓する上で、重要な知見が得られたと考えられる。
本年度の研究により、グリセロリン脂質およびスフィンゴ脂質については包括的なデータを得ることができたが、リピドミクス解析が困難であるコレステロールを含むメバロン酸経路の代謝産物については未解明である。今後、これらの脂質についても各ウイルス感染細胞において定量解析を試みる他、メバロン酸代謝経路の代謝酵素を標的とする阻害剤および遺伝学的アプローチにより制御することで、ウイルス複製ファクトリーの機能制御に重要な脂質種の包括的な解析を進める予定である。同時に、既に明らかとなったウイルス感染細胞において変動するグリセロリン脂質およびスフィンゴ脂質について、ウイルスが直接制御する代謝経路を解明する他、代謝経路を阻害または遺伝子ノックアウト、或いは代謝酵素の過剰発現により亢進させることにより、ウイルス複製における機能を明らかにする。また、ウイルスが利用する代謝経路が判明し次第、抗ウイルス治療薬の候補となる化合物のスクリーニングへと移行し、新たな治療戦略への応用の可能性を探索する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (1件)
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