研究課題
慢性疼痛は、痛みの入力と持続的な痛み刺激が引き起こす負の情動の2つの側面からなる。これら2つの側面が相互に作用して慢性疼痛を増悪していると考えられるが、痛み入力と負の情動がいかに相互作用しているかのシナプス機構は不明である。これまでに、前帯状回における興奮性シナプスの長期増強が、慢性疼痛による痛みの入力と負の情動、特に不安を形成するシナプス可塑性であることを明らかにしてきた。本年度は、前帯状回における抑制性シナプス伝達が慢性疼痛モデルで如何なる可塑性を形成するかを調べた。前帯状回を含む大脳皮質は、グルタミン酸を神経伝達物質とする興奮性細胞とGABAを伝達物質とする抑制性細胞がシナプスを形成し神経回路を作っている。我々は完全フロインドアジュバンドをマウスの左後肢に投与した慢性炎症性モデルを作製した。次に、前帯状回において、錐体細胞に投射しているGABAシナプスが、可塑的な変化を示すかについて脳スライス標本を用いたホールセルパッチクランプ記録法により調べた。前帯状回の第II/III層の錐体細胞から記録を行い、保持電位を0 mVにして抑制性シナプス後電流を解析した。この抑制性シナプス後電流は、GABAA受容体の拮抗薬で完全に消失することから神経伝達物質はGABAである。その結果、慢性炎症性モデルの微小および自発性抑制性シナプス後電流の発生頻度が正常に比べて有意に減少した。さらに、慢性炎症性モデルの前帯状回において、GABAの放出が減少する仕組みをウエスタンブロッティング法を用いて調べた結果、GABAをシナプス小胞に貯蔵する役割を果たす小胞GABAトランスポーターのタンパク量が炎症性モデルで顕著に減少した。以上の結果から、前帯状回の抑制シナプス伝達の異常な可塑性が、慢性疼痛を形成する仕組みの一端であることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
ホールセルパッチクランプ記録法のセットの立ち上げが順調に進み、研究計画に沿ったデータが出始めた。今年度の主な研究である「慢性疼痛が前帯状回の抑制性シナプス伝達に可塑的な変化を示す」は、筆頭著者として報告することができた(Koga et al., Moleclular Pain 2018)。この論文は責任著者としての役割を果たした。
今後は、本年度の研究で明らかとなった「慢性疼痛が前帯状回の抑制性シナプス伝達に可塑的な変化を示す」の詳細な仕組みを明らかにしていく。例えば、慢性疼痛モデルの前帯状回では、どのようにして小胞GABAトランスポーターのタンパク量が減少するのかについての仕組みをさらに調べる。これまでの研究結果と本年度の結果を合わせて考えると、慢性疼痛モデルの前帯状回では、興奮性シナプス伝達がより亢進する。一方、抑制性シナプス伝達が抑制する。この興奮性シナプス伝達と抑制性シナプス伝達のバランスの異常が、痛みの入力と負の情動の形成に関わることが考えられる。従って、興奮性シナプス伝達の可塑性の仕組みがいかに抑制性シナプス伝達に作用して、興奮性と抑制性シナプスのバランスが破綻するかを今後明らかにする。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 2件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
Brain Research
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